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全力疾走した後のように大きく息を荒げる。元の肉体がなくなれば、自分の精神が戻る場所もない。あとは自分が、与太河原博士として新しく生きればいい。
欠陥持ちの肉体から解放された喜びと、一仕事を終えた疲れを取るように、深く呼吸をする。鼻孔や口の中に抜ける血の匂いにも味がある。それさえも、獅々田にとっては感動的だった。内ポケットを探りながら、これからのことを考える。この肉体に限界が来たら、また別の人間と入れ替わればいい。入れ替わりを求めて、ここに来る者は後を絶たないそうだから、この老体よりも若い者だっているだろう。ひょっとしたら、女の身体になる、なんてことも出来るかもしれない。手にした煙草を咥え、左ポケットから取り出したライターを点火し……。
「……?」
そこで獅々田は我に返る。何故自分は煙草など吸おうとしているのだろう、こんな忌々しいものを。まるで博士の亡霊が身体を動かそうとしていたかのようで、気味が悪い。視界が揺らぐ。疲れているのだろう。キッチンで顔を洗おうと部屋を出る。キッチンは廊下を抜けて右側に……。
「……いや、なんだ……なんで私が、こんなことを知っているんだ……!」
頭がクラクラする。立っていられず、壁に手をつく。初めて来た研究所の間取りなど、獅々田の頭の中には無い。にも関わらず、身体は何の迷いもなく動いていた。記憶にない知識が、獅々田の無意識を動かしている。
「いや、違う、まさか……!」
立ち上がれない。意識が朦朧とする。手を動かそうとしているはずなのに、上手くいかない。博士の身体は、既に獅々田の命令を聞いてはくれない。脳味噌の表面が引き剥がされるような感覚が―――
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