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「やぁ、待っていたよ、さぁ、座りなさい。コーヒーでいいかね」
歓迎の言葉を低い調子でぼやくように告げる様子は、対応するのが億劫だと隠そうともしていない。与太河原博士が勧めたソファーは、客用というわけではなく、普段は博士が使っているのだろう。獅々田の大嫌いな煙草の臭いが染みついていたが、そんなことはおくびにも出さず、「失礼します」と、深々と座って見せた。
「突然押しかけて申し訳ありません、本当なら二、三日前には連絡を入れるべき所なのですが……」
「なに、気にしてないよ。思い立ったら即行動。判断の速さはとても大事だ。その点は、研究者も雑誌記者も変わらないかもしれんね」
「恐縮です」
缶コーヒーをよこしてから四角い机を挟んで対面に座った博士は、失礼の一言もなく、深々と煙草を吸い始める。自宅で淹れていたら煙草の臭いがコーヒーにまで伝染っていたに違いない。そう思えば、自販機のコーヒーをそのまま渡されたことはむしろありがたかった。
「しかし、君のような若者が、よく私のことを知っていたね。論文を残したこともないのに」
訝し気な言葉と、気だるげな声色。人付き合いが嫌いなのは目に見えてわかったが、それでも表向きの会話をしようとするだけの良識はあるらしい。
「内容に興味がありまして。聞けば様々な分野で、他の方々がやらないような研究を率先して手掛けていると……今は、掃除機の開発、でしたか。聞いていますよ、水を余すことなく吸い上げる掃除機を発明なさったとか……」
後ろの壁には、最新式と思しき掃除機がいくつもかけられている。だが博士は見透かすように、獅々田の言葉を笑った。
「ハハハ、いらない前置きだね。その『他の方々がやらない研究』の中でも、君が興味あるのは一つだけだろう。当ててやろうか」
乾いた笑いと共にじろりと睨まれ、獅々田はたじろいだ。
「『人格の交換』……違うか?」
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