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うまく伝えられる語彙力もなく、なんども言葉につまった。 でも、繰り返し話すことで、優子は理解をしてくれた。 未来からきた私。タイムスリップという事実。 決してバカにしたりもせず、真摯に受け止めてくれた。 そして、未来の世界に興味津々となっている。 「じゃあさ、ナナミは女学校に行ってるの?」 「ジョガッコウ? 女子高のこと?」 「ジョシコウ?」 優子が首をかしげる。 「えっとね、女子だけが通う高校が女子高」 「女子が進学できるのは女学校だよ」 「へえ」 「で、男子が中学校」 「え? 中学校って男子しか行けないの?」 「そらそうやん」 何それ。昔ってそうなの? 「私は、フツーに男女共学だけど」 「へ? まさか、ナナミ小学生なん?」 「そんなわけないじゃん。高校生だよ」 なんだか話がかみ合わない。昭和ってそうなの?  「未来ってすごい。男女一緒は小学校までや。女は女学校って決まってる。中学校は男しか入れへん」 「へえっ。何それ。そっちが逆にすごいって」 江戸時代とかって大昔で、明治とかも大昔ってイメージで、昭和あたりからはずいぶん今につながっているように思っていたけど、なんだかずいぶん違う。まだ、女が学ぶというのは当然ではないのかもしれない。 同じ年くらいの優子にお見合いの話がでてるのは、お嬢様だから特別なんだろうと納得していたけど、これくらいの年に結婚するのは珍しいことではないのかもしれない。 「ねえ、じゃあ、未来やったら、外国の言葉も勉強してんの?」 優子の目が輝く。 反対に、私の目は曇る。 「……してるよ」 「そうなんや。ええなあ。私、一回だけ見たことあんねん。先生と外国の人がしゃべってるとこ。なんかかっこよかってんなあ」 無邪気な優子の声が、ズシリと重く届く。 「なあ、ナナミ。なんか話してみて」 「……やだ」 「なんで?」 「……だって」 中学の時は、英語が得意だった。 教科書に載っている文章を読み解いて、自分なりにかっこよく意訳するのが好きだった。 新しい単語を覚えるために、カラフルに単語帳を作っていくのが好きだった。 英文を暗記して、かっこよくスピーチするのも好きだった。 なんとなくしかわからなくても、背伸びして、字幕を消して洋画を見るのが楽しかった。 だから英語に力をいれている高校を選んだ。 三段ボックスのスカートをはき、外国人の先生と英語で話すことを夢見た。 だけど、高校には、英語をもっと身近に使っている人が集まっていた。 外国で暮らしていた人、親のルーツが外国にある人。 中学でちょっとよくできた、ちょっと得意だった程度では、まるっきり歯が立たなかった。 日本語禁止の授業では、先生が言ってることがほとんど聞き取れず、何一つ答えることができなかった。 落ちこぼれるのは、あっという間だ。 友達は親切で、やさしい。わからないところは丁寧に教えてくれる。 なのに、私はどんどん卑屈になった。 本当はバカにされてるんじゃないかとか、笑われてるんじゃないかとか、まわりはみんな敵なんじゃないかとか、そんなことばかり考えている間に一学期が終わってしまった。 それから、補習も塾も何もかも投げ出して、私はただ「夏休み」という時間を消費した。 悲しいことに、勉強しなくちゃという焦りと、やっても無駄じゃんというあきらめと、やりたくないという怠惰といろんな気持ちがいつも心の隅にあって、テレビを見てもゲームをしても、中学時代の友達と遊んでも、何をしても少しも楽しくなかった。 「……バチが、あたっちゃったのかな」 私がつぶやくと、優子がフフフと笑った。 「ナナミの時代でも、バチがあたるって考えがあるんや」 「あるよ」 私もつられて少しだけ笑った。 「うちは、バチがあたるって考え好きちゃう」 優子の目が、くるくると大きく動いた。 「バチが当たるような悪いことしたら、だれかって後ろめたくなるやろ。ほんで、暗い気持ちでいるから何もかもうまくいかへん。ちょっとしたことも悪く受け取って、バチやって思っちゃう」 優子の指が私の鼻をつつく。 「悪いことしてしまったら、いつまでもウジウジ考えてんと、神様ごめん、って言って、またやり直したらええねん。でないと次にいいことがおこったって、素直に受け取れへんやん」 「いいこと?」 「そや。ナナミにとってこの時代に来てしまったことは悪いことやろうけど、いいことかってあったやろ?」 「……あったかな」 「私と出会った。昭和十年のおいしいおにぎりを食べることができた。昭和十年の風景を見ることができた。それから……」 真剣な顔で「いいこと」を探す優子を見て、私は吹き出してしまった。 「何よ、何笑ろてんの」 「だって、めっちゃ真剣なんだもん。それって、メガポジティブ。優ちゃんかっこいい~」 「あ、優ちゃんて言うた」 「だめ?」 「ええけど。もう友達やし」 「でたっ。メガポジティブ」 「何それ? 目がほじてぶ?」 「違うよ~」 なんだかおかしくて、私たちはお腹をかかえて笑った。 笑いすぎて、地面に寝っ転がってごろごろ転がった。 制服が汚れることなんて、気にならなかった。 「メガってのは、ギリシャの言葉で大きいってこと。ポジティブってのは英語で、積極的とか肯定的っていうこと。だから、メガポジティブってのは、めっちゃ前向きってこと」 「ナナミすごい。英語とギリシャ語の二つを使った言葉を知ってる」 「まあね。未来人だからね」 そう言って私たちは、また笑った。
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