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「なんだか、久しぶりに笑った気がする」 「そら、よかったなあ」 それでもまだ笑ったまま、私たちは競うように湧水を飲んだ。 キンと冷えた水は、まろやかでやっぱり甘い。確かにこの水を飲めたことは「いいこと」に入れたっていい。 「ほんなら、作戦変更やな」 優子が、ぐいっと口もとをぬぐった。 「今日の宴、でるわ」 「へ? お見合い、嫌なんじゃないの?」 私も手の平で口元をぬぐう。 「嫌やったけど、目がほじてぶに考えることにした」 「メガポジティブ」私がツッこむと、 「どっちでもええがな」と髪をかきあげた。 セミの声がうるさいくらいに響く。 「今日はさ、お父様が私の嫁ぎ先にええなと思った家を、いくつも招待してはるねん。お父様ナニサマやねんって話やけど、これは、好機かもしれん」 「どういうこと?」 「町のお役人の家とか、大きな庄屋さんとかの息子は、裕福やから進学してる人も多い。中学校だけでなく、高校や大学へ行って勉強を続けてる人も多分いる。というとこは、や」 ずいっと私の方によってくる。 「ナナミを未来に戻す方法がわかる人が、いるかも知れへん」 「はあ?」 二十一世紀でもわからないものが、この時代でわかるわけがないと思ったけど、口には出さない。 「それにさ。外国語話せる人もいるかもしれへん。大きなお商売してる家やったら、外国と取引きしてる可能性だってある。そしたら、うちの木を外国に売り込む機会が、巡ってくるかもしれへんやん」 優子の目がキラキラと輝いている。 すごい。輝く瞳なんて初めて見た。 メガポジすぎにもほどがある。 それは、この時代だから?  それとも、優子の性格? 優子は、パンパンと力強くスカートの草くずを払う。 ギュッと編まれた三つ編みが跳ねるように揺れる。 そんなことできるわけないじゃん。 そんなにうまくいくわけないじゃん。 心の奥で、そう思っている自分がいる。  だけど。 嫌だと思うお見合いの宴を抜け出し、「やりたいように生きるから」と宣言し、そしてまた私と自分の夢への可能性を見つけるために見合いに戻ろうとする優子を、心からかっこいいと思う私もいた。 「……どうして」 細く、声がもれた。 「え?」 優子が私に視線をよこす。 「……どうして、そんなに前向きに考えられるの?」 「だって、じっとしてたって、何にもかわらへんやん。女やし学校いかせてもらえへん、残念でした、って思ってしもたらそれまでや。そんなん、勉強したいと思ってる自分に失礼やろ」 優子はニヤリと笑う。 「それに、悪いように考えたっていいように考えたってどっちでもいいなら、いいように考えた方がお得な感じがするしな」 「お得……」 なのか……。 たしかに、このままじっとしていたって現代に戻る方法なんかわかりっこない。 戻れないと一人ウジウジしていても、何にも変わりはしない。 私の夏休みのように、ただ時間だけがすぎていく。 それがどれだけ辛いことかを、私はよく知っている。 私もスカートの草くずをはらった。伝統の三段ひだのボックススカート。 やっぱり私はこのスカートが好きだ。 汗だくのカッターシャツの胸のエンブレムも好きだ。 「ほな、行こか」 優子が布袋を持った。 「その前に、私も叫びたい」 「は?」 「優ちゃんみたいに、私も宣言したい」 見晴台の先端を指さす。 「ええよ」 優子がいたずらっぽく笑う。  「私、どうして英語を学びたいと思ったのか、思い出した」 「うん」 「子どもの頃、テレビで難民キャンプを支援するNPOの番組を見たの。日本人だけじゃなく、いろんな国の人が集まって、一緒にどこかの難民キャンプを支援していた」 優子は、じっと耳を傾けてくれている。 「支援者同士はみんな英語を話していた。歌ったり冗談を言ったり。時には議論したり」 そうだ、その時の女の人の出身校が今の高校だったんだ。 化粧っ気のない日に焼けた肌。無造作にキャップをかぶり、現地の言葉のロゴTシャツにGパンで、子どもたちに本を読んでいる映像だった。 子どもやそのまわりで一緒に聞いている大人たちの質問に笑顔で答える姿が、とにかくかっこよく、私もああなりたいと、胸にきざんだ。 「だから、英語を話せるようになりたいと思ったんだった。笑っちゃう。私、忘れてた」 「よしっ」 優子が、私の背中をたたいた。 「ナナミも叫んでみ」 麓にひろがる村を指差す。 「うん!」 私は、仁王立ちになった。 はるか下に川が見える。ゆっくりと蛇行しながら山あいへと流れていく。 もう筏は見えない。ただ、川が流れているだけ。 目をつむって深呼吸する。一回二回。 そして叫ぶ。 「勉強するぞーっ」 「学校いくぞーっ」 「元の世界に帰るぞーっ」 優子の拍手が聞こえた。
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