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山をくだって屋敷に戻った。 今度は天井裏ではなく、土間から堂々と。 土間は大忙しだった。 かまどの鍋からは湯気があがり、もわっとした熱気の中、さっきよりたくさんの人がパタパタと動き回っていた。 私にお膳拭きを命じた女中のミツが、 「優子様! どこに行ってはったんですか」 と優子に気がつき声をかけてきた。 その後ろにいる私に気付いて一瞬驚いた様子を見せたが、それどころではないらしく、私には何も言わず、優子に顔を向ける。 「もうお食事、始まってます。じいやさんが、青うなって探してはりました。早う着替えて広間に行ってください」 「わかってる」 優子が毅然と答える。背筋をスッと伸ばして、凛然と廊下を歩いていく。 私は、その後ろをついて行く。 宴が開催されている広間の前の廊下を通ると、へだてたふすまの向こうにたくさんの人の気配がした。その人数の多さに驚く。 私たちは、忙しそうに料理を運ぶ女中たちをよけて、離れへと急いだ。 さっきはだれもおらずシンとしていた離れも、ざわざわと人の出入りがあった。 それぞれの部屋は客人の控室のようなものになっているのか、障子のすきまから大きな風呂敷包や、くつろいでいる人が見えた。  一番奥の優子の部屋は、ピシッと障子が閉められていた。 優子が障子をあけると、部屋の中央にある貴婦人の着物が目に入った。 白地に青紫の花が涼やかな着物。 バタバタと足音が響いて、ミツが追いかけてくる。 どっしりとした迫力に一瞬ひるむ。 「さ、早う。お手伝いしますさかい」 「はいはい」 ミツは優子を座らせると、鏡台から櫛を取り出した。 あっという間におさげ髪をほどく。 シャンプーやリンスの人工的な匂いなど少しもしない。 優子の髪は、おひさまの匂いがしそうだ。 細い髪をミツが丁寧に梳いていく。 「そこのあんた」 ミツは、所在無げに立っている私に向かって言った。 鏡越しに、優子がおもしろそうに私に視線を送る。 「その箱から、九月のかんざしを取ってちょうだい」 「は、はい」 文机の上の薄い木箱。ひいおばあちゃんの宝物の箱。 私は、そっとふたをあけた。 十二個の仕切りの中に、十二個のかんざしが佇んでいる。 ……はずなのに。 「あれ?」 思わず声がでた。 一つ足りない。 落ちていないかと、キョロキョロ見渡す。 でも、畳の上には、チリ一つ落ちてはいない。 「どうしたの。早うして」 ミツがせかす。 もう一度、上から確認をする。一月が梅、二月が椿……。 なくなっているのは、右の一番上。九月のかんざし。 「九月のかんざし、……ありません」 二人に視線移し、ありのままを報告する。 「え?」 「へ?」 二人は同時にこっちを見た。 私は箱を傾け、二人にも中が見えるようにする。 赤や黄の花が咲き乱れている木箱の、右の一番上だけが浮いたようにガランと広い。 「あら、優子様、どこか持っていかはりました?」 ミツが優子の顔をのぞく。 優子は、「へ?」と言ってこっちを見たときと同じ顔のまま、黙って首を横に振った。 「おかしいですわね」 ミツが立ち上がり、私の手から箱を取った。 「かんざし、なくてもいいけど?」 優子が言うと、ミツは即座に返した。 「あきません」 その剣幕に、ちょっと引いてしまう。 「そのかんざしは、亡くなった大奥様が、旦那様と奥様の婚約を祝って、奥様に贈られた大切なものです。必ず、今日つけてくるように、と奥様からきつく言われております」 「ほな、他の月でも……」 さらに優子が言いかけると、ミツはキッとにらんだ。 「できません。九月のかんざしに合わせて、奥様がお着物用意されたんですから」 「さっきは、全部あったのに」 私がつぶやくと、同じテンションで「さっきっていつですか」と聞いてくる。 私は優子と顔を見合わせつつ、正直に答えた。 「おにぎりを届けたときです」 「その時、他にだれかいはりました?」 「え?」 「あんたさん一人でしたか?」 ミツが射抜くように見る。 もう一度優子と顔を見合わせた。 優子は、大丈夫といった顔で黙ってうなずいた。 「私が一緒やった。ナナミがおにぎり持ってきたとき、私もここにいた。ほんで、かんざしを見せたんや。そのときは全部あった。ほんまや」 「そうですか」 ミツは、箱を畳の上に置いてつぶやいた。 「ほんなら、だれが持っていったんやろ」   私と優子は三度目の顔見合わせをした。 あのときここでかんざしを見たのは、二人じゃなかった。 私と優子ともう一人。 優子も同じことを考えてるんだろう。何度も瞬きをする。 まさか。でも。 そんなことをグルグル考えている顔。 そこに、ミツがすかさず言った。 「他にも、だれかいはったんですか?」 ここで隠し通せるほど、私たちは冷静ではなかった。 顔にでたのだろう。ミツがたたみかける。 「だれかいはったんですな。だれです?」 「……キヨも、一緒やった」 優子が小さく答えた。 「そういえば、キヨ様のお姿、全然見てませんな。お部屋に運んだお昼ご飯も、手つかずのままでしたし」 優子が、ミツの手を払いのけるように叫んだ。 「キヨが盗ったって決まったわけちゃうやん」 「私かって、そんなことは一言も言っとりゃしません。でも、疑いは、はらします。キヨ様に直接確かめます」 ミツは立ち上がると、 「しばらくお待ちください、ここは誰かと交代しますさかい」 と言い放って出ていってしまった。 「どうする?」 先に私が問う。 「どうするもこうするも、ミツより先にキヨ捕まえて、返させんと」 「優ちゃんも、キヨさんが盗ったと思う?」 「わからんけど、多分そやろ」 優子は器用に髪を留めながら、続ける。 「かんざしを見たときの顔、いつもとちごた。なんか変やなあとは思ってん。でもまさか、盗むとは思わへんかった。あの時、もっと強く一緒に行こうって誘えばよかった」 私と優子、それからかんざしの間で視線をさまよわせていたキヨを思い出す。 優子は、スルリとスカートを脱いだ。 「ナナミ。ミツより先に、キヨを見つけて。キヨにかんざし返すように説得して」 「……わかった」 「私は、私のすべきことをするから」 「うん。私も私にできることをするね」 着物にそでを通す優子をおいて、私は部屋を出た。
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