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8
わかったふうに部屋を出たけど、行くあてなどなかった。
どうやってキヨを探したらいいんだろう。
自然と足は土間に向かう。
廊下では、女中が忙しそうに徳利を運んでいる。
広間からは宴会のにぎやかな声が聞こえていた。
土間まできて草履をはいていると、通りすがりにヒソヒソ話す女中たちの声が聞こえてきた。
「奥様の耳に入ったら、キヨ様、もうここにはいられへんやろうなあ」
「でも、その方が幸せかもね」
「言えてる。ここじゃ、肩身が狭いもんねえ」
女中たちは、パタパタと仕事に戻っていく。
「私は、ここに来るべきではなかったのです」とうつむいたキヨの姿を思い出す。
「あの子は、いっつもオドオドして。自分から何かしようっていう気持ちがない」
優子はそう言ったけど、毎日が肩身狭く、満足に息すら吸えなくなってる人間は、自分から行動をおこせるわけがない。
学校で、どんどん落ちこぼれていった私には、その気持ちがよくわかる。
救いの手を素直にうけとれず、卑屈になって、グズグズと流れにのまれていく。
そして、そんなときに「これじゃだめだ」とヤケになって起こす行動は、きっと空回りをする。
キヨは、かんざしを盗んでどうするつもりんだろう。
そんなことをして、何かが変わると思ったのだろうか。
土間から出て、外を探した。
作業場をのぞき、裏山に続く道を横に見ながら、ぐるりと離れの建物を回った。
低木が整然と並ぶ庭にでた。
離れのガラス戸越しに、ずらりと並んだ障子が見えた。
そういえば、このあたりの記憶は全然ない。
あの血まみれの池はいったいどこにあったのだろう。
あれは、ひいおばあちゃんの家のことではなかったのか。
でも、弔問客は、あの家での出来事として話していた。
抜け落ちた記憶と戻ろとしている記憶の協会があやふやで、くらくらする。
太陽はもう西に傾いて、夕暮れがやってくる。
ひいおばあちゃんのお通夜は何時からだったっけ。
私がいない現代で、お通夜はもう始まっているのだろうか。
急に心細くなる。
私は、現代に戻れるんだろうか。
父や母は私を探しているだろうか。
学校の話をしなくなり、どんどんうつむいていく私を、父も母もどう思っていたのだろう。
見るも無残な成績を見ても、二人とも決して叱ったりはしなかった。
帰りたい。
涙で景色がぼやけた。
ガラス越しに優子の部屋も見えた。
障子は開け放たれ、だれもいない部屋に鏡台と文机がひっそりと並んでいる。
ぼんやりと眺めていたら、奥の押入れが開いた。
私と優子が抜け道に使った押入れ。
えっ?
あわてて目をこする。
中から、キヨがさぐるように顔を出した。
「キヨさん!」
思わす叫ぶ。
キヨがはっと顔をあげた。
目が合うと、顔をひきつらせ、あわてて押入れの扉を閉めた。
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