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どれくらい登っただろう。
緩やかではあったけど、確実に登ってます、といった手ごたえがある山道だった。
靴じゃないので道の砂利を足の裏に直接感じる。草履の鼻緒が指にこすれて痛い。
まさかお通夜に来て、山登りをするなんて。
制服のカッターシャツにスカートで登るには、なかなかにハードなコースだ。
ふうふう言う私に比べ、優子は軽々歩いていく。
優子だってスカートなのに。
これって、昭和生まれの人間と平成生まれの人間の違いなんだろうかと思いかけて、思考が止まる。
いやいや違うでしょ。昭和十年でこの年なんだから、優子の生まれは昭和じゃなくて大正なんじゃないの。
それって昭和よりも頑丈そうかも。
「ついた! ここ、私のお気に入りの見晴台」
優子の声と共に、一気に視界が広がった。
木々がとぎれ、村が一望できる高台。
山道もそこだけが広く切りひらかれ、「ちょっと一休み」ができる空間になっていた。
「今夜は、ここで一晩過ごそう。蚊帳も持ってきたし、食べるもんも持ってきたし」
優子は布袋を肩からおろして、丸太の上に置いた。
よく見ると、丸太はいくつか並んでいて、イスとテーブルになっていた。
せりだした岩壁の一か所に湧水まであって、木の柄杓が一つおいてあった。
「その水、飲めるの?」
「もちろん」
夏だと言うのにびっくりするほど水は冷たく、ねっとりしていた。
「なにこれ、めっちゃおいしい」
「ここらへんの山の水は、甘いんやって」
「確かに甘い」
ゴクゴクと音を立てて水を飲んだ。
「ナナミ、飲みすぎやん」
優子も笑って、ゴクゴク飲んだ。
それから丸太に腰掛け、おにぎりをひとつ、私にくれた。
「宴用の着物ではあんまり食べられへんし、着替える時に腹ごしらえしときたい」とおにぎりを部屋に運ぶように頼んだのだ、と優子はペロリと舌を出した。
「まさか逃亡用とは思ってへんかったやろなあ」と笑う。
「これも食べる?」
布袋から出してきたのは、丸ごとのスイカだった。
「こんなの持って、登ってたの? すごっ」
「さすがに重かったけど、がっつり食べるにはいいかなと思ってさ」
でも、包丁忘れちゃったんだよねえ、と言いながら、柄杓の柄をスイカに刺した。
おにぎりを持ったままあっけにとられている私のとなりで、優子は柄杓の柄でスイカにザクザク切り込みを入れていく。
やがて、不恰好にパカンと割れた。
「はい。じゃ、半分こね」
差し出された半分のスイカを膝にのせる。
おにぎりを片手に、木のスプーンでスイカをすくって食べるという、なんとも不思議なランチタイムになった。
「お嬢様って、毎回こんなにたくさんスイカ食べるの?」
「まさか」
優子はケラケラ笑って、
「私もこんな食べ方、初めて。逃亡中やから、なんでもありや」
と言った。
優子は、逃亡中。
私は、さしずめ放浪中って感じか。
おにぎりは塩が効いて濃い味だった。
反面、スイカは薄味で、スイカって野菜だったよね、ということを思い出すくらいだった。
優子が楽しそうに種を飛ばすので、私も同じように種を飛ばした。
種は山のあちこちにちらばり、夏草の中に消えて行った。
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