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11 花臣くんのお弁当 (伊吹)
一緒に教室に着いて、僕が席に座るのを見届けるようにして、花臣くんは自分の席に向かった。
久しぶりにまともに花臣くんを見た僕の目と心はずっとチカチカどきどきしてる。
声、優しかった。
軽く触れてきた指も、温かくて。
でも、僕に触らせちゃって申し訳なかったな。
まさかそんなに気にかけてもらえてるなんて思わなかったから、自分の顔色なんて気にした事なかったもん。
……申し訳ないんだけど、嬉しい。
席に掛けて俯きながら、少し顔が緩んだ。
授業の準備をしようとリュックを開けた時、中に入れてたスマホが震えた。
(……崇くん…。)
毎朝律儀に来るLIMEだった。崇くん、不良の筈なのに毎朝連絡してくる。
毎日同じ内容なんだけど、今朝は違った。
『昨日楽しかった。
今日は迎えに行けるから。』
……。
一応言っておくけど、僕は一度も崇くんに迎えを頼んだ事は無い。
何故崇くんがわざわざ迎えに来るのかもわからない。
脅しの材料は崇くんが握ってるんだから、崇くんがLIMEで一言、来いと言えば、断れない僕は行く。
今更、逃げたりなんかしないのにな。
そう思いながらも僕は、毎朝崇くんに返信する。
『うん、わかった。』
その様子を、斜め後ろの席から花臣くんが見ているとは、その時は全く気づかなかった。
午前の授業を落ち着かない気分で受けて、やってきたお昼休み。
ふー、とリュックから巾着袋と財布を取り出して席を立とうとしたら、花臣くんがやって来て肩をポンと叩かれた。
「能勢、行こっか。」
「……え?僕、飲み物だけ買って来て教室で食べようかと…。」
「今日は俺に付き合ってよ。」
ニコッ、と眩しい笑顔で言われたら頷くしかない。
でも何処で食べるんだろう、と思いながら花臣くんについて教室を出た。
廊下を歩いているだけで、花臣くんに纏わりつくたくさんの視線。それが横にいる僕に向けられると、途端に不思議そうな、何でお前が?って感じに変わる。
被害妄想かな。
僕に合わせて歩いてくれている花臣くんは、校舎の西側の3階迄階段を上がった。
ここは音楽室とかがある筈だけど…。
花臣くんは音楽室を素通りした。
そのまま廊下の端について、そこにはドア。
「内緒ね。」
花臣くんは悪戯っぽく笑って、そのドアノブを捻った。
「…ここって、開くんだ…?」
「夕方には用務員さんが締めに来るけどね。昼間は空いてるんだ。」
「知らなかった…。」
「うん、だから他の皆には秘密ね。
ブラバンの部員は知ってるみたいだけど、わざわざ昼にこんなとこ来ない。」
「ふぅん。いいね、ここ。こっち側だと海見えるんだね、遠いけど。」
今日は晴れてて青空で、程よい風が気持ち良い。
花臣くんが小さなビニールシートみたいなのを敷いてくれて、僕らはそこに座った。
狭いけど、階段の1番上の踊り場だから眼下には街並みと遠くの海が見える。校舎とコンクリの壁に邪魔されてパノラマではないけど、何も見えないよりは良い。
2人並んで座って、少し余裕があるくらいのスペース。
花臣くんは、嫌じゃないかな。
「能勢、弁当?」
花臣くんに聞かれて、頷く。
「今日はお母さん、寝坊しなかったから。」
「よかったね。またパンだけだったら俺のを半分あげようかと。」
そう言いながら花臣くんは自分のお弁当箱を袋から取り出して見せてきた。
それは、以前見慣れていた二段弁当じゃなくて三段になったやつだった。
何時の間に…。最近見てなかったけど、食欲爆発したのかな?
「…部活、大変なの?」
「なんで?」
「三段になってるから、たくさん食べなきゃなんだなって。」
「…今日は特別だよ。能勢と食べるつもりだったから張り切っちゃった。」
「……そうなんだ。…え?張り切っ…てって、そのお弁当って、まさか…。」
「うん。俺が作ってるよ。」
そ、そうだったの?!
それは初耳。思えば、見てるだけで話す事なんかごく偶にしかなかったからそういう情報は入って来なかった。
「花臣くんって、何でも出来るんだね。」
僕は感心して、蓋が開けられた花臣くんのお弁当を見た。
彩り良く野菜が使われてて、卵焼きも2種類入ってる。
煮物もすごく美味しそう。肉巻き良いな。
しかも、二段はおかずで残り一段は炊き込みご飯を小振りなおにぎりにしたものが入ってた。
自分のお弁当は何時もの何も入ってない卵焼きと白ご飯と、冷食の適当なハンバーグとかが入ってる感じだから、正直すごく花臣くんのお弁当の方が食べたい。
作ってくれたお母さんに悪いからそんな事言わないけどさ…。
「良ければ摘んで。卵焼きはカニかま入りと、あおさ入り。」
「あおさ?」
「海藻の一種だよ。美味いよ。」
「…ありがとう、美味しそう。」
僕を誘ってくれる為に多目に作ってくれたのか。
これだけ料理できる高校生男子って、そんなにいなくない?
僕の花臣くん崇拝度はまた爆上がりした。
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