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17 月曜日の花臣
土日。
たった2日を挟んだだけで、伊吹の様子が微妙に変化した事に気づかないほど、花臣は鈍くは無かった。
(ふわふわと、している…。)
何処か夢見心地のような、その表情。
何時にも増してぼんやりしているのに、口元は少し微笑んでいるように見えて、可愛らしいなと思う反面、何となく嫌な予感がした。
昼休み。
花臣は金曜に言った通りに伊吹を昼食に誘った。
だが、返ってきた答えは想像とは違っていた。
「学食か教室でなら、良いけど…。」
それは、クラスメート達も周囲にいる中で、という事だ。
出来れば前回のように2人きりの狭い空間で距離を詰めていこうと考えていた花臣の目論見は潰れた。
(…アイツと何かあったのか?)
面白くはないが、無理に引っ張っていく訳にもいかない。
内心では舌打ちしながらも、花臣は
「じゃあ、教室にしようか。」
と言って、何処か違う場所に行ったらしく不在になっていた伊吹の前の席の椅子を借りて座った。
教室で昼食を取るために残っていたクラスメート達は、その様子を見て少しザワついていたが、2人に近づくでも無く只、チラチラと見るだけのスタンスで、近寄っては来なかった。
伊吹がいるからだ。
花臣だけなら近づいて一緒に食事に誘いたいが、そばにいるのがあの、悪名高い不良と言われる蝶野と繋がりのある伊吹である事で、皆及び腰になっていた。
「…あの場所、気に入らなかった?」
少ししゅん、として見せる花臣に、伊吹は慌てた。
「そんな事ないよ。そういう事じゃなくて…ごめんね。」
「…そうなの?」
「…誰かと2人きりになると、崇くんが悲しむから……あ。」
口にした後に、しまったという風に口を閉ざす伊吹。
その時浮かんだ僅かな喜色と媚態を、花臣は見逃さなかった。
得意の笑顔が強張るのがわかる。何だ、それは。
「…崇くん?」
蝶野の下の名は、何と言ったか。
「うん、あの…、」
どう説明して良いのかわからないという様子で、戸惑いを見せる伊吹に少しイラついてしまう。
金曜迄の蝶野に対する気の使い方とは、明らかに違う。
金曜の放課後、蝶野が伊吹を迎えに来ていたのは遠目に確認している。
あれから2人の間に何があったのか。
今迄は接触する距離が近くても、伊吹の表情は蝶野に対して好意的とは思えなかった。
だから、花臣は未だ余裕があったのに。
君は俺の事が好きなんじゃなかったのか。
手製の弁当を広げてにこやかに勧めながら、花臣の目は笑ってはいなかった。
それから毎日、昼食を一緒に取り、なかなか縮まらなかった花臣と伊吹の距離も僅かに近付いたようだった。
但し、少し親しくなったクラスメート程度に。
伊吹にとっては花臣はやはり、ずっと憧れていた同級生には違いなかったが、その感情の形は明らかに変化してしまっていた。
「花臣くんは凄いね。」
今は直に聞けるようになった伊吹の賞賛には、尊敬と感嘆以上の感情は感じられず、視線にはもうあの熱はこもっていない。
そしてやっと、花臣は悟った。
取り戻すには、奪われ過ぎたのだと。
何年も一途な恋情や熱い視線に気づきながらも、それに報いるようなアクションは何一つ起こさなかった。
別に、気の無い人間からの気持ちにいちいち応える必要は無いが、花臣の場合は伊吹への好意をある時からは自覚していた。
なのに敢えて動かず、向けられるものだけを享受して悦に入っていたのだから、これは当然の状況であると言える。
しくじったなぁ、と花臣は臍を噛む思いだった。
花臣の作った筑前煮を摘みながらニコニコしている伊吹は可愛いが、少し小憎らしい。
(どうする、かなあ…。)
けれど、今更諦めるのも簡単ではないのだ。
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