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18 恋人って、恋人?(伊吹)
「こ、恋人、うれしい…。」
そう、答えてしまった。
セフレじゃなかった。
ペットでもなかった。
僕、崇くんの恋人だったんだって。
そっか。そうなんだ。だからあんなに。
最初は嫌だったけど、乱暴にされた訳じゃなかった。突然、知らない怖い人だと思ってたから、怖かった。
僕は性的な事を全然知らなかったから、好きでもない人とのセックスは汚いものだと思い込んでいた。
望まないのに汚い事をされ続けて、どんどん汚されてるんだと思って。
だけど、崇くんは最初から僕を大切に思っててくれたって事だよね。僕が、汚されてるって思ってた時だって、大事にしてくれてたもん。
(なんだ…僕、汚されてたんじゃなくって、愛されてたんだ。)
そう思ったら、急に恥ずかしくなった。恥ずかしいと言うか…胸の奥から、じんわり温かいものが滲み出てくる感じ。
「…うれしい…。うん、恋人、うれしい。」
僕は俯いてもじもじと指を動かしながら言った。
今更なのに崇くんの顔が見られなくなってる。
だって、崇くんってすごくカッコいいんだよ?
ちょっと強面っぽいけど、一緒に歩いてると女の子達が見蕩れてる事、知ってる。
不良だから怖がられてるのに、男子にも人気があるし、憧れてる人が多いのも、知ってる。
そんな人が僕の恋人って…。
「言っとくけどな、いぶ。
俺はお前にしか優しくないからな。」
「えっ」
言われた言葉につい反応して顔上げちゃった。
そうなの?
崇くんは、しょうがねえなあ、みたいな呆れ顔で笑っている。
「俺の愛はひとつしかねえの。恋人限定なの。
だから俺と付き合ってる限り、浮気とかそういう心配はねえぞ。」
「うわき…。浮気は、確かにやだね。」
僕は顎に手を当てて頷いた。
崇くんが他の人と同じ恋人をするかもって考えたら、何かもやもやしちゃうな…。
「だろ。
だから俺で手を打っといた方が先々心の安寧が得られるぞ。
因みに経済的安定もついてくる。墓に入る迄安泰だ。」
「お、お墓に…?!」
なんて事だ。畳み掛けてきた。日頃の崇くんの生活レベルを見てきている僕には物凄く説得力あるセールストーク。
崇くんこれ、何かプレゼンってやつなんじゃない?
もしかしてさっきの嫁に来いっての、本気なのかな。
僕はまじまじと崇くんの顔を見た。
崇くんは少しドヤってる。
「…でも崇くんのお父さんお母さん、怒るんじゃないかなあ。」
そう言うと、崇くんはぽかんとした。それから、あ、と気がついたように言う。
「言ってなかったか。
俺んち、どっちも死んでんだわ。
母親は体が弱かったみたいで、俺を産んで直ぐ。
親父は俺が中学上がる直前に、事故で。」
「ええ…そうだったの?
…ごめんなさい。」
「別に良いよ。
だからこそ自由にやってるし。保護者の祖父さんは未だ元気だしよ。」
「そうなんだ…。」
そっか、だから何時来ても人気が無くて、誰にも会わないんだ、と僕は納得した。
それから、崇くんはこんな広い家で、ひとりぼっちなのかと思った。
だから仲間と溜まり場にいるのかな…。
ひとりぼっちの家の中、ひとりぼっちで家政婦さんが作って帰ったご飯を食べてたんだろうか。
この部屋には家政婦さんが掃除に入るのを別にすると、僕以外は誰も入れた事が無いって言ってたから、きっとそうだよね。
僕は胸が締め付けられた。
そして、崇くんを抱きしめてあげたいと強く思った。
「寂しくない?」
こんな事、聞いちゃ駄目かな。
だけど僕は崇くんの手を握って、その手の指を眺めながら聞いた。
関節の目立つ長い指。カッコいい厳つめの指輪が似合う指だと思うのに、崇くんが指輪をしているのを見たのは出会った日だけだ。
崇くんは穏やかな声で答えてくれる。
「寂しくねえよ。
もう、いぶと会えたから。」
涙が出そうになって、僕は俯いた。
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