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3 魅入られた哀れな兎
一度伊吹を抱いた蝶野は、何故かそれから毎日、高校の近くに迎えに来るようになった。
迎えと言えば聞こえが良いが、つまり待ち伏せだ。
蝶野は自分に付き従っている背の高い不良達を何時も2、3人連れて来て、伊吹の肩を抱いて歩く自分の周囲を守らせた。
守らせた、というよりは、伊吹の逃走を阻止する為、という気がする。
今更、トロい自分が逃げられる訳が無いのに、と伊吹は俯いた。
俯く伊吹の頬を撫でる蝶野の手や指は、それはもう優しかったが、伊吹にはそれすら恐怖の対象でしかない。
それに、伊吹は誤解していた。
蝶野は別に伊吹の逃亡なんか気にしちゃいないのだ。
蝶野がしているのは、牽制だ。
彼は知っていた。
伊吹には想い人がいる事も、それが男だという事も。
蝶野が初めて伊吹を見た時、伊吹は下っ端の連中に首根っこを掴まれて怯えていた。
縮こまって少し震えて、なのにつぶらな瞳で自分を見る少年を、蝶野は小さい頃に飼っていた、茶色い兎のようだと思った。
全身を観察してみると、少年の顔は平凡過ぎる程に平凡だが、切り揃えられた素直な黒髪はダサいと言えばダサいが清潔感があり、茶色い瞳も小さな鼻も唇も愛嬌があった。
何より、飾り気の無いのが良かった。
メイクやネイルや香水で、ごてごてとコーティングされた女や男ばかりが周囲に寄って来る。臭いのだ。
せめてそばに置く人間くらいは、鼻につかない奴が良い。
少年は、可もなく不可もなく、けれど悪くはなかった。抱けない程ではない。
体型も、身長は平均的だが腰の細さと小ぶりな尻が好みだった。
物珍しさも手伝って、手を伸ばした。
一度きりのつもりで。
まさか、遊びのつもりのその一度で、こんなにも自分の方が嵌ってしまうなんて、思いもしなかった。
初めて押し倒した時、少年…伊吹は、不思議そうな表情と、透明感のある茶色い瞳で蝶野を見た。
それ迄、何処か諦めたようにさえ見えていたのに、蝶野の行動に戸惑ったようだった。
多分、伊吹は殴られる覚悟は決めていたのだろう、と蝶野は思った。
なのに、蝶野は自分を殴らない。押し倒された事が不思議だと、そんな顔だ。
(何もわかってないのか。これから自分がどんな目に遭うのかも。)
伊吹は高2になって尚、色事とは無縁に生きていた。
その大きな要因は花臣への片想いに違いは無いが、まあ伊吹自身もあまり女子にモテるようなタイプではなかった。
一口に普通や平凡と言っても、普通にも適度にモテる普通と、そうでもない普通がいる。
伊吹は見た目は悪い訳ではないが、同年代の少年達に比べれば、何処と無く頼りない印象を与える。
もう少し容姿が華やかだったなら、そこも売りになったのだろうが…。
けれど、蝶野は寧ろ、伊吹のそんな所が気に入った。
さらりとした肌は、蝶野の乱暴な愛撫に徐々に熱を持ち、汗ばんだ。何時もは興醒めに思う他人の汗を、全く不快に思わない事に、蝶野自身が驚いた。
どろりとしたファンデーションやリップの気持ち悪さも無く、男臭い体臭も無く、伊吹の匂いは只々仄かで優しかった。
頬を紅潮させて、目尻に涙を溜めて、蝶野の動きを怖がるさまも興奮した。
無理矢理扱き上げて勃起させて尚、そんなに大きくもない伊吹のペニス。
それに絡む蝶野の指に いちいち反応して喉を反らして、か細く鳴いた伊吹の声を聴いた時。
蝶野は伊吹を、自分のものにすると決めた。
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