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4 花臣
花臣 一颯は、生まれながらに自分が特別な人間である事を知っていた。
古い記憶としては、ほんの2、3歳の頃辺りから、自分に向けられる言葉や眼差し、それらが他の同じ年頃の子供達に対するのと同じでは無い事に気づいていた。
親戚達の集まる時でも、いとこ達の中で1人だけ扱いが違ったし、幼稚園頃になるとそれが当然だと思うようになった。
大概の親が、花臣のような子供を望むのだろうと、幼いながらに納得した。
客観的に見ても、肯定され続けて成長したにしては、我儘にも傲慢にも育たなかった花臣は成功例だと言える。
育ちが良く頭が良く、美しく、誰にでも優しい王子様。
それも、仮面ではなく 通常運転の花臣だ。
けれど、どんな人間でも一面だけで構成されている訳ではないように、花臣の心の中にもまた別の花臣がいる。
花臣は自分に寄せられる好意や愛情を、微笑みながら踏みにじるか、無かったものとして振る舞い、相手が傷つくのを見るのが好きだった。
しかしそれをすると、相手は勿論傷ついて、それでも花臣がわざとそんな事をしたとは気づかないまま、諦めて遠のいていく。
傷ついてもずっと思い続けてくれるような人間は滅多にいない。
特に気移りしやすい子供の頃や多感な思春期なんて、言わずもがな。
ところが、1人だけ ずっとずっと自分を想い続けている同級生がいる事に気づいたのは小6の頃だ。
それは5年生の三学期に同じクラスに転校してきた小柄な男子生徒だった。
特徴という特徴があるわけではない、只、小動物のようなきらきらしたつぶらな瞳が印象的と言えば、印象的な。
転校したての頃、クラス委員だった花臣は、暫くの間、担任教師から その能勢 伊吹という生徒の面倒を見るように頼まれた。
「花臣の名前の一颯も、かずさと読む意外にいぶきとも読めるんだ。
もしかしたら、能勢と同じ名前の読みになってたかもしれないな。」
それがなんだ、と言いたくなるような教師の言葉に、感心したように頷いてみせて、花臣はその能勢 伊吹という少年に向かって、よろしく、と微笑みかけた。
能勢は一瞬、ほけっとしたような表情をして、見る間に赤くなった。
花臣が悪戯心を起こしたのはその時だ。
お前もか、気持ち悪い と心の中で一笑に付す予定だったのに、可愛いと思ってしまったのが不覚に思え、何となく悔しくなった花臣は握手の為の右手を差し出した。
「よろしくね。」
好意を持った相手からの接触だ、ほら、喜んで飛びつけと。
だが、能勢は 頬を赤らめたまま少し怯んで、花臣の手をじっと見つめた後、一瞬だけ握手して直ぐに離した。
それは初々しい羞じらいで、花臣は能勢のあまりのシャイさに逆にポカンとした。
(そんなに、意識するなんて…。)
同じ男子生徒なのに。
花臣の周りには、手を出せば我も我もと群がるハイエナのようなファンや人間ばかりが目立っていたせいか、能勢の控えめな反応は新鮮だった。
それから数日、校舎内を案内したり、移動教室に一緒に行ったり、未だ環境に慣れない能勢のサポートをした。
初日の出来事から、照れ屋でコミュ障かと思っていた能勢は、意外にも普通に周囲に順調に溶け込んで、友人も出来て、花臣は拍子抜けした。
もっと手こずるかと思っていたのに。
そうしたら、自分がずっと構ってやっても良いかな、なんて考えていたのは余計なお世話だったのかと白けた気持ちになった。
自分に対して好意を持った癖に。あんなに意識した癖に。
能勢には花臣は用済みなのかと。
そして、間も無く6年に上がって。
花臣は、自分が勘違いしていた事に気づいたのだ。
クラスの離れた能勢は、花臣の姿を目にする度に熱の篭った視線を投げて来ていた。
校庭での体育の授業中は教室の窓から。
全体朝礼の時にも、廊下ですれ違った後にも、何処にいても。
クラスが離れ、能勢は花臣の姿を探すようになっていた。
それに気づいた時、花臣は初めて快感で達した。
花臣の初精通は、能勢伊吹の切なげな視線を思い出しながらだったのだ。
花臣は否定したかった。
何故、この自分があんな冴えない男子生徒で、と。
けれど、あの恋慕に染まった視線を向けられるのは、悪くない気分だった。
花臣は何時の間にか、能勢伊吹に固執している自分を認めざるを得なかった。
そして、認めたからには 早く能勢が告白してくる事を待った。
だが、その日は待てど暮らせど来ない。
そうこうしている内に、日々は過ぎ季節は流れ、もう何年も過ぎてしまった。
現在、2人は高校生だ。いくら何でも秘め過ぎなのではないか。
踏みにじるのが好きだとほくそ笑んでいたのはどうしたのかと言われそうな程に、花臣は能勢の告白を待ち侘び、そしてそろそろ待ちくたびれていた。
このままでは高校を卒業して、学力的にも大学はおそらく進路が別れる事になる。
こうなったら自分から行くしかないか…。
そう思い始めた矢先、能勢に変化が起きた。
ある日突然、能勢は花臣を見なくなった。
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