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5 変化
能勢の視線を全く感じなくなり、普通なら落ち着くのかも知れないが、花臣は逆だった。
それ迄何年もの間、花臣は能勢の焦がれるような視線を受けながら、能勢の変わらぬ恋慕に身を浸して暮らして来た。
今更、それを取り上げられるなんて納得がいかない。
それも、ある日突然、だなんて。
突然、能勢が花臣への想いを断ち切ったと言う事だろうか?
受験を前に、長過ぎる不毛な片想いに、いい加減終止符を打たねばならないと思った、とか…。
有り得ない話ではない。
けれど、それにしては…。
授業中、盗み見た能勢は、何時も通りに見えて、その肌は青褪めて生気が感じられなかった。
ほんの数日で、少し痩せたようにも見える。
元々、中学卒業前にはそれなりに身長も周囲に追いついてきて、人並みに伸びたのに体格は追いついていない能勢は筋肉もあまりついていないし細身だ。
何かあったのだろうか、と花臣は心配になった。
だが、花臣と能勢は、度々同じクラスにはなるが、クラスメイト以上の親睦は深めてこなかった。
花臣が、というより、能勢がそう望んでいるようだったからだ。
能勢はあれだけ熱烈な眼差しを送って来る癖に、花臣とは意識的に一定の距離を置いているようで、近づけばゆっくりと離れていくようなもどかしさがあった。
だから、出会って7年近く経つ現在でも、2人の関係は只の、時折言葉を交わす程度のクラスメイトのまま。
そんな関係で、いきなり何があったのか、などと踏み込める訳もなく、今度は花臣が能勢を目で追うようになり、妙な感じに立場が逆転した。
そして気づいた。
能勢に男が出来た事に。
それがわかったのは、能勢の様子がおかしくなって3日程経った日の事だった。
その頃には校内で噂にもなり始めていたのだが、花臣は半信半疑だった。
まさかあの、地味で平凡な能勢が、この辺りで悪名高い不良グループのリーダー・蝶野と関わっているなんて。
しかも、只事ではない密着具合いに、嫌でも勘繰らざるを得ない。
最初は皆、パシリかサンドバッグにでもされているのかと思った。
しかしそれにしては、能勢の扱われ方が丁寧過ぎた。
蝶野に肩を抱かれ、頬と頬が近く、今にもキスでもしそうな程に悩ましげなその距離感。
見ている方が赤面する。
蝶野が男女関係無く食って来た事は有名な話で、既に能勢もその毒牙にかかった事は明らかだった。
しかも、哀れな事に、大半の生徒達にそう認識されてしまった能勢は、もうそれに抗う気力すら無いようだ。
今迄平々凡々に、普通の学生生活を送ってきた男子生徒が、何の因果か突然不良の情人にされてしまった。
それは退屈していた生徒達にとって格好のゴシップになった。が、誰一人、それを揶揄する者はいなかった。
当然、能勢の相手である蝶野を恐れた故の事に違いないが、一方では、明らかに憔悴している能勢を気の毒に思う者も多かったからだ。
だから花臣は考えた。
本意ではないに違いない。
だって、能勢は自分を好きな筈なのだから自分のそばにあるべきではないのか。
奪われたなら、奪い返さなければ。
ここ迄が、それなりに長い前置きである。
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