8 嫌いな人 (伊吹)

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8 嫌いな人 (伊吹)

好きな人とセックスできるって、どれくらい幸せなのかな。 崇くんに抱かれるようになってから、僕は花臣くんを極力見ないように心掛けた。 理由? 理由は……自分が汚れてしまったから、かな。 ろくに知らない男に、体中あちこちいやらしいことされてるような僕なんかが花臣くんを見ると汚しちゃう気がする。 汚された、って感じるって事は、僕は崇くんが嫌いなんだと思う。 そりゃそうか。 レイプした人間を、セフレ兼ペットとして飼うような人だし。 たまたまそんな人に目をつけられちゃった自分の不運が恨めしい。 放課後校門を出ると、少し離れた所で崇くんの部下というか、仲間の人達が待っていた。 何時もの迎えの人達だ。 けど、今日は崇くんはいない。と思ったら、少し先の車道迄誘導された。 そこにタクシーが待っていて、後部座席から崇くんが手招きしていた。 どっか行ってたのかな。学校はどうしたんだろ。 どうやら今日は溜まり場じゃなくて別の場所に向かうらしい。家かもしれないな。 車に乗り込むと、そのまま発車。 迎えの仲間2人は、今日は置いてけぼりらしい。 「ガッコ、楽しかったか。」 「まあまあ。」 崇くんは毎回それを聞くけど、もうあんまり誰とも話す事が無いのに楽しい筈がないんだなあ。 迎えがつくようになって、僕が崇くん達と関わってるって噂はあっという間に広まって、僕はクラスメイトや友達にすら遠巻きにされるようになった。 気持ちはわかるから、仕方ない。別にイジメや嫌がらせをされてる訳でもないから、少し寂しいかなってだけだ。 崇くんは自分の高校に転校して来たらどうだ、って言うけど、崇くんの学校は隣町のめちゃくそ不良ばっかりって有名なとこだから、いくらなんでも無理がある。 それに崇くんは3年なんだから、あと半年くらいで卒業じゃん。そうすると僕は丸1年、1人でそこに残される訳だから、死しか待ってない。 一体どういうつもりでそんな事言うのか謎。 「今日、制服じゃないんだね。」 「ちょっと野暮用だった。」 「スーツ似合うね。」 お世辞じゃなくて、ほんとに似合ってる。 身長もあるし顔もそこらの芸能人じゃ太刀打ちできないくらい綺麗だから。 こういう人が、何も僕なんかを飼わなくて良いと思うんだけどな。 車はやっぱり崇くんの家の前に止まり、崇くんが料金を払って、僕らは車を降りた。 え、やっぱり家なんだ。 まさかお泊まり会なのかな、でも、今日ってまだ木曜だし、家に何も言ってきてない。 僕の戸惑いが伝わったのか、崇くんが苦笑しながら言う。 「大丈夫だ。 今日はちゃんと送ってやる。」 それを聞いてあからさまにホッとした。 最近ずっと帰りが遅い事を、親にも咎められている。 心配してるのは、僕自身の事より成績がこれ以上落ちないかって事みたいだけど。 大きな玄関に入ると、ちょうど通いの家政婦さんが帰るところだった。 「あら、崇一郎さん、おかえりなさいませ。」 「うん。」 「私は失礼させて頂きますね。 あ、それから、お誕生日おめでとうございます。 お言い付けのケーキとお料理はご用意してございますから。」 年配の家政婦さんはそう言ってお辞儀をして、玄関を出て行った。 僕はびっくりしていた。 「崇くん、誕生日だったの?」 「ああ、まあ。」 「おめでとう。言ってよ。」 「……いや、うん。ありがと。」 珍しく崇くんが照れている。 でも、何で言ってくれなかったんだろう。僕、何も用意してないじゃん。 崇くんは部屋に向かう廊下を歩きながら、 「だからいぶを連れて来たんだ。」 と言った。 どういう意味だろ? プレゼントなんか、何も持って来てないのに。 「何時も誕生日ってひとりだから、たまには誰かと過ごしてみたくてよ。」 「……仲間たくさんいるじゃん。」 そう言うと、崇くんは無表情になって言った。 「アイツらは、ちげえから。」 僕なんかよりずっと長い付き合いだと思うけど、崇くん的には何か違うらしい。 「俺はいぶに祝って欲しいからよ。」 「うん。」 家の中は相変わらずしんとして、誰もいない。 もしかして崇くんは寂しいのかなと、初めて思った。
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