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9 今日は何の日 (伊吹)
崇くんの部屋はやっぱり今日も殺風景だ。
「ほら、いぶ。上着。」
「あ、うん。」
崇くんが左手を出して来たので、僕はブレザーを脱いで渡した。
それを崇くんはハンガーラックにかけてくれる。
崇くんといる間、僕は何もしようとしてはいけないらしいので、それをぼーっと見てるだけなんだけど、決して僕が怠け者な訳じゃない事だけはわかって欲しい。
崇くんは意外と世話好きなんだと思う。だけど一人っ子だし、動物は早く死んじゃうからもう飼いたくなくて、だから僕なのかな。
同じ人間なら、病気や事故や、何かない限り早々死なないから。
(セフレ兼ペットだもんね…。)
卑下してるんじゃなくて、事実そうなんだと思う。
崇くんの口から、そうだと聞いた事ないけど。
その後崇くんは何時ものように僕を自分の部屋着に着替えさせて、ソファに座らせた。
「いぶ、ちょっと待ってろ。」
「うん。」
崇くんがテレビをつけてから部屋を出て行って、僕は大人しくソファの上で体育座りをした。
そこからぐるりと部屋の中を見回す。
崇くんの部屋はいつ来ても片付いていて綺麗だけど、寒々しい。置いてある家具や家電は高そうなんだけど、何時迄も真新しい。
「いぶ、ちょっと開けてくれ。」
ドアの外から崇くんの声がして、僕はソファを降りてそこに駆け寄って、開けた。
「ごめんな。思ってたより持ってくるものがあったわ。」
「うん。言ってくれたら僕も手伝ったのに。。」
「良いんだ、いぶは。」
崇くんはそう言って、持っていたトレイをテーブルに置いた。
大きなオードブル料理の容器と、チキン。1.5Lのコーラとグラス、カトラリー、それからケーキ。
それをトレイから下ろしてテーブルの上に並べて、ケーキの箱を開く。
でっかいスクエア型のケーキは、生クリームじゃなくてチョコだった。
「チョコにしたんだね。」
「だっていぶ、チョコの方が好きだろ。」
「…崇くんのお誕生日なんだからさ…。」
「俺はそんなに甘いもんはすきじゃねえからなんでも良いし。」
これではまるで僕の誕生日のようだけど、ケーキの上にはちゃんと、お誕生日おめでとうそういちろうくん、と書いてある。
パティシエさんに小さい子だと思われてるのか。家政婦さんの伝達ミスか。
僕が聞くと、崇くんは少し苦々しい顔をした。
「いや、ガキの頃からずっと同じ店だからそれはない。
そこのオッサン、親父の幼馴染みだから何時もそうなんだよ。」
嫌そう。
高3なのにそういちろうくん、だもんね。そりゃ嫌か。
思わずクスッと笑った。
「いぶ。」
「ん?」
ケーキから目を上げると、崇くんが僕を凝視していた。
しまった。こんな事、笑われるの嫌だよね。怒ったのかも。
「あの、崇くん、ご…」
「いぶ、可愛い。可愛いな。」
怒られなかった。
怒られなかったけど、ぎゅっと抱き締められた。
頬をスリスリされた。
この流れは。
(…するのかな…。)
ご馳走とケーキを前にして、またセックスするのかも、と僕はちょっとガッカリした。
まあ、何時もの事だから今更なんだけど。
諦めの良い僕は、力を抜いて崇くんの肩にもたれかかった。
でも。
「ほら、いぶ。腹減ってるだろ、食え。」
「えっ、あ…うん。」
崇くんは僕をソファにちゃんと座らせてくれて、グラスにコーラを注いでくれて、お皿に数種の料理を取り分けてくれて、フォークでそれを口に運んでくれた。
(……???)
「…おいしい…。」
「そうか。もっと食え。次はどれが良い?」
「……その、黄色いの…。」
甲斐甲斐しく給餌を始められてしまった。いつもながら、僕はヒヨコか。
「今日は嬉しい。
誕生日にいぶがいる初めての年だ。」
「……?そうだね?」
崇くんは、誕生日ってずっと1人だったのかな。
「友達とか、あの…仲間の人達は?」
「アイツらをウチに呼んだ事なんかない。
俺の部屋には いぶしか入れた事はない。」
「えっ、そうだったの?!」
「?当たり前だろう。ほら、飲み物。」
流れるようにコーラを飲ませてくる崇くん。最早介護。
その日崇くんは、言ってた通り、21時には僕をバイクの後ろに乗せて送ってくれた。
そしてそれが、出会ってから初めて、僕らがセックスしなかった日だった。
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