風水探偵

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風水探偵

からかい半分なのだろう。僕の店にくる常連客から、ときどき、「風水探偵」などと呼ばれてしまうが、僕の本業は学業、つまりは大学生だ。五歳年上の姉の春美が喫茶店をやっていて、その店でときおりアルバイトしているのだが、たまたま店に遊びにきていた友人たちを占っていたら、これがやたらとまぐれ当たりをして、店にいたほかのお客からも占いを頼まれ、神懸かり的に当たるという噂が広まり、今日だした手紙が昨日すでに届いたみたいなことになっ ていた。たぶん、今年で還暦を迎える伯父が風水がらみの出来事に関わったさい、僕が風水に詳しいということで伯父をヘルプしたことが大きくふくらまされて噂されたためだろう。それはこんな出来事だった。 伯父はとある銀行の胎内支店で支店長を任されていた。伯父に呼ばれて入った支店長室の壁は白。伯父に言わせると会長の趣味らしいが、気が滅入っているときなどは、まるでコンニャクのうえに乗っているような感じで、なんとも落ちつかないそうだ。 だいいち、病院でもあるまいし、なぜ白なのか。銀行員は清廉であれという、会長の信条もわからないではないが、そんなきれいごとでやっていたら、不良債権はふえ、しまいには銀行まで倒産してしまうにちがいない、というのが伯父の持論なのだ。伯父とは小学生の頃からとても可愛がられていて、親から買ってもらえないものもたくさん買ってもらっていた。 高校生の頃からは、銀行にもお呼びがかかるようになった。そこで伯父の愚痴を延々と聞くようになったのだ。いままでお世話になったことを思えば、それくらいのことならなんでもない。ただ、あのときはなにか頼みたいことがあるということだった。 「先週の月曜日に、来店してきた人柄のよさそうな中小企業の経営者の融資を断ったあともそうだった。白い壁がどうにも憎たらしく思えて、発作的に黒マジックで塗りたくってしまったよ。冷静になったあとで、密かにペンキを買ってきて塗りなおしはしたが。言い訳をするわけではないが、不景気な昨今では、審査もかなり厳しくしなければならない。融資をしてくれと懇願する経営者の姿をみていても、融資してやろうとは思わなかったよ。相談にきた六十代の男性の姿ときたら、ちぢれた白い毛がふわふわ空中に浮き、目は真っ赤に充血し、目の下には寝不足だったのだろう、黒ずんだ隈までできていたよ。スーツも長い間クリーニングされていないのか、よれよれでところどころが汚れていたんだ。そのうえ人のよさそうな顔だちだったよ。審査では、ぎりぎりの線上にあるらしいが、私は担当した者に、迷うことなく、断るように指示をだした。人のよさそうな経営者など信用できないと思っているからだよ。人がよい経営者ほど、倒産する確立が高いと思うのは私だけだろうか。悪人だから成功するといっているわけではない。人格が立派な経営者の成功者も数多く知っている。人がよいというのは、気弱な人だということだ。融資を断るのは気分が悪いだろうと思われるだろうが、そうでもない。ただ、ひたすらうっとうしいだけだ。日常茶飯事のことは、日々それほど感じなくなってゆくものさ」 伯父の強気の言葉にも、どこか寂しさを感じるのは、伯父の目の下の隅だ。伯父は伯父なりに辛い日々を送っているのだろう。 「叔父さん、ところで僕を呼んだ用件はなに?」 そう訊ねる僕の言葉を無視して伯父は独り言のように話し続ける。 「なにごとも慣れてしまうものだ。社会の汚さを呪い怒るのも最初のうちだけなんだ。慣れないやつは、たんに世間知らずなだけだと無視をしている。そうした梅雨のような時間を過ごしたあとは、気分転換のためにお手洗いにいき、顔をたんねんに洗うんだよ。水に濡れた顔のまま鏡をみると、やけに白くなってしまった髪と、よどんだ目をした自分がいるんだ。いつのまに、こんなに年老いてしまったのだろう。五十を過ぎれば誰でもこんなものさと、鏡をみないようにわけもなくあせってハンカチで顔をふいたさ。勝雄も今は若くて青春を謳歌しているだろうが、いずれ私の気持ちがわかるようになるさ」 「叔父さん! で、用件ってなに?」 伯父のネガティブな話を聞いていて、だんだん苛々してきていた。 「おう、勝雄、悪かった。妻に愚痴を言うと、すぐに喧嘩になってしまうもんでな。バブルの時代にはどんぶり勘定な審査をし、積極的に融資をお願いしていたかもしれない。けれども、お金を貸して利息で利益をだすのが私たちの仕事だ。人様にうしろ指をさされる筋あいなどありゃしない。不幸にもバブルがはじけて各企業も不振になり、返済計画にも狂いが生じた。そして残されたものは莫大な不良債権というわけだ。これだけ不景気になってくると、いかにして適切な融資をするかなのだが、一年前に、占い開運特集というテレビをみていて「ピン」ときた。以前、勝雄は易や風水に詳しいと聞いたことがあったからな。おまえに易と風水の仕方を教えてもらおうと思ってな。もちろん、審査はこれまでどおりにきちんとやる。現代は情報社会だといわれるだけあって、個人や会社の情報など簡単に手にはいる。もちろん法律を犯さずとも、滞納や自己破産したりした人々は、信用情報機関に登録される。私たちはその機関に問いあわせるだけで、資金繰りに来た人たちをどの程度信用できるかを判断できるというわけだ。しかし、現代では審査などまったくあてにはならないんだ。長年の信用を築きあげていた大手の銀行や、保険会社が続々と破産宣言している。それでいて、ポット出のIT関連企業がいちやく莫大な利益をあげたりする。情報をかき集めればそれなりに答えはでるかもしれんが、明日のことなどは誰にもわからない。長年の信用や権威など、まるであてにはできないし、ましてや自分の勘だってあてにはならない。どうせあてにならないのなら、もっとも非科学的な易に頼るのも悪いことではあるまい。そんな思いで、易占いをした結果を参考にしてみようと思ったわけなんだ」 「そうか、わかったよ。叔父さんも責任が重くて大変だよね」 僕はさっそくサイコロと百円玉を六枚、小銭入れからとりだした。 「おぅ、さすが勝雄だ。いつもサイコロやコインを持ち歩いているのか?」 「そう、街でたまたま友人とでくわすと、易占いしてくれって言われるもんでね。やり方はただ百円玉を両手で包み、コインを振ったあと両手を広げてコインの裏表で占うんだ。両手から一枚づつとりだして、下から順番に縦一列に並べるんだ。数字が刻まれている面を表。桜の模様の面を裏にしてね。たとえば表ばかり六枚ならば乾為天としてみるんだ。そしてサイコロで変卦を占う、という感じなんだ。あとは、簡単に易占いの説明した本がたくさんでているから、その説明をみて判断するといいよ」   その後、伯父はためしに易の本を何冊か買い、占いの練習に励んでいたそうだ。もちろん融資をするか否かを易で占ってみるために。家で家族を占ったら、的中率は驚くほどだったらしい。  誰にも相談できず、責任を押しつけるわけにもいかないことが多い社会だ。伯父の気持ちとして、せめて易占いに責任を半分背負ってもらおうという意識も少しはあったのかもしれない。有名な政治家や経済人も、霊能者や占術者に相談することもあるらしい。日頃のプレッシャーもあり、神頼み的な気持ちになることに対して責められることもないだろうと思った。
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