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佐恵子を救え
僕は石岡と国安の二人に佐恵子の相談内容を話した。石岡龍次は、神秘的なものや占いには批判的だ。自分でみたり体験しないものには納得できないたちらしい。私よりも痩せていて、ひげ面、服装はいつもジャージ。靴は古ぼけたスニーカー。親の書店を手伝っているのだが、たいていは裏方で返本作業や事務をしている。自称作家だが、まだなにひとつ賞をとっていない。小説を執筆しても納得できないと言ってなかなか作品が完成しない。
僕には芸術家の精神がまったくわからない。自分の世界にひたっているだけの贅沢者だとときおり思う。しかし、石岡の伯父が修験道の行者らしい。幼い頃からさまざまな怪奇な体験を聞かされて、不可解な世界が恐ろしくなり、神秘的な出来事を遠ざけるようになってしまったらしい。
国安義弘も実家の家電販売の店で仕事をしている。やつは体育会系の男で中学時代から空手をならっている。コワモテな風貌でなによりも声がでかい。何人分もの声で話しやがる。体格もかなりいい。いつもTシャツを愛好しているが、特注品に違いない。今日はTシャツでは寒いからセーター姿だ。
国安は占いや神秘的なことには、絶大の信頼をよせている。ただ、ときおり風水のことでは僕のほうが詳しいことがある。たぶん、国安は自分の興味のあるところだけを読む性格なんだろう。僕をふくめた三人はおない年で、小学時代からの友人だ。
「よお、田辺。俺たちのことをきちんとこのお嬢さんに紹介してくれや」
国安はあいかわらず口が悪い。いまどきお嬢さんはないだろう。だからいまだに彼女のひとりもできないのだ。
「佐恵子さん、こいつら、紹介するほどの者じゃないですけど、こいつが粗暴を絵に書いたような国安。そしてあいつが自称作家の石岡です。口は悪いが心もゆがんでいるやつらですから、あまりお近づきにならないほうがいいですよ。まあ、今回、風水に裏切られたということだから、僕たちの占いについての考えを聞いて、なにかの参考にしてもらえばと思います」
「田辺、おまえこそ口も悪いが顔も悪い。おまけに頭も悪い。そんなおまえなんて、二美さんのような奇特な人がいなかったら、今でも一人寂しくしてるに違いないぜ!」
国安は忿懣やるかたないように言い、石岡は一人タバコをくゆらせて、また一人だけの世界にはいりつつあった。
二美は僕の恋人で僕の家で半同棲している。二美の父親が外交官ということで、両親ともに海外にいる。二美はマンションと僕の自宅を行き来しているのだ。二美がいるだけで幸せになれる、そんな女性だ。
僕と二美は幼稚園の頃からの幼友達で、家も向かい同士だった。
もう、二十年以上のつきあいになるわけだ。二人とも、一緒に成長し、喧嘩をしたりじゃりあったりしながら今日まできた。
とくに話すことがあるわけじゃない。だけど、今でもおやすみラインはかかさない。いつもおなじような話ばかりだし、かわりばえしないラインだけど、連絡がないと不安になってしまう。
僕の想いを伝えようとときおり思うのだけど、どうにも適当な言葉がみつからないのだ。ただ、登山が趣味なので、そのたびに無事に降りくるか心配になるのが悩みの種だった。
僕自身は髪の長い俳優のTに、よく似ていると思っている。
服装はカッターシャツ。首が窮屈で好きじゃない。だからその日もふっくらとした、緑のセンスのいいセーターを着ている。男の嫉妬は本当にたちが悪い。
とにかく、そんな三人がそろうと占い談義に花が咲く。僕は中立の立場なのでバランスのいい関係だと思う。
国安の持論は、占星学というものは人のDNAを解き明かしたもので、ちなみに宇宙の惑星は天のDNAなのだという。占星学は人の一生をみるのはオマケなのであり、社会や世界の動向をみるためにあるのだと語る。
人の人生を占って当たらないのは、家族やその人をとりまくすべての人の運命も関わってくる。世界や地域の運命などもすべてを鑑定して、はじめてわかることだから、正確な鑑定は不可能に近いと論陣を張る。
石岡は全否定の立場だから、西洋占星術を例にとり、最近発見された惑星の影響はどうするのかとか、彗星の影響をつけくわえなくていいのかと発言する。また、反論するために読んだという、十数冊の占星術の本についても、これではいつでも悪い方角や、時がある。こんなことを気にしていたら買い物にもでかけられないし、なにもできないじゃないかと言うのだ。
石岡は潜在意識に占いの結果がインプットされて、自己誘導されている可能性があるとも言う。石岡はユングの著作をよく読んでいて、心理学の立場から意見を言うことが多い。また、マーフィーの著作は信じていて、強く思っていることが実現するという信念で生きている男だ。
僕はただ単純に、ある程度の方向性がわかるものだと思っているだけだし、占いにふりまわされてはいけないと思っているので、石岡の意見にも多少うなずけるところがある。家相を変えることによって、気分的にプラス思考になってことがうまくいくということもあるだろう。しかし、病をかかえた人を祈祷などで癒すという本やテレビをみていると、そんなこともありかも、と思うこともある。
僕自身、不可解な体験をしてきた者としては、世の中には科学だけでは解明できない存在があると思う。風水にしても、気の流れというものはあるのではないかと思っている。地球もひとつの命ある存在で、息をし、脈も打つ存在ならば、目のあるところに建築物が建てたり、気の行き先(方位)を邪魔するものがいれば不愉快にもなるだろう。家そのものもひとつの生命体だとすると、口にあたるところにトイレがあったりすればどうなるだろう? 風水でつねに清掃を心がけなさいというのは、家を生き物としてとらえているからにちがいない。
風水を勉強しはじめてから、自然というものに対して謙虚になってきたような気がする。
ひととおり、事の次第を話した佐恵子はひとしきり礼を言うと、何度も頭をさげて帰っていった。そして、目の前にはむさくるしい男二人が残された。
「おい田辺、なんとかしたれよ。おまえは風水探偵なんだろ!」
国安は佐恵子のために、力になろうと真剣に思っているようだ。
「そこなんだが、たぶん、緑谷という風水師は、おなじ手口をつかっているはずだ。僕は父さんの友人で刑事をやっている田中さんに相談してみようと思う。佐恵子さんには、今日にも被害届をだしてくださいといってあるし、全国に手配してもらって、風水診断のチラシをだすやつがいたら、鑑定現場を捜査してもらえばいい」
「しかしな、その程度の犯罪で警察がポスターなんかもつくって全国手配はしないだろ」
石岡は自分の世界からおきだして、ボソッと言った。
たしかにそのとおりだ。ふつうに考えれば、被害の少ない盗難程度であれば、似顔絵をコピーしたものを犯罪現場近辺の地域のホテルや旅館に配ったりするはずがない。詐欺などの特殊な犯罪での逮捕は簡単ではない。なにか確たる証拠が必要だろう。
「風水でつぎの行き先を占うことはできないものかな」
国安はなにやら腹立たしそうだ。
「行き先をしぼれたら、おじさんに、ためしにその場所を捜査して
くれと頼んでみよう」
僕はそこでひじをついて考えこんだ。
佐恵子の話によると、やつはどうやら風水のプロらしい。ならば、風水から見立てた時期に、取引によい街、つまり詐欺の成功しやすい方角を選んで移動するかもしれない。とにかく僕は犯人の行方をみてみることにした。
店と自宅は一緒になっている。まえの家は借家だったから、店とともに家も新築した。僕は簡易羅盤と、数冊の地図を二階の書斎から持ってきて、犯人の行方をさぐってみた。簡易羅盤は本に付録としてついてきたもので、方位磁石も中央に備えつけられ、方角、干支、分度器のような目盛りが刻まれている。佐恵子の話では、鑑定をうけた場所は、新発田市の丸畑旅館。もしも、名刺の住所のすべてが嘘だとしても、宮城だけは本当だとして、名取からみて新発田市は西。七赤金星の方位だ。この方位は現金商いの商売、そして、遊びにはとっておきの方角であるといえる。まあ、詐欺をするには向いているだろう。
鑑定先から向かうとすれば、北の方角が有力だ。詐欺をしてどこかへいくとすれば、その犯罪を闇のなかに葬るためには北がいい。
北の方位には秘密を守る力があるとされているのだ。時期もいい。
旅館をでた日の北は凶方位ではない。暗剣殺などがめぐっている方位は犯してはならないとされている。
風水と気学は本来違うものだが、市販されている本でははっきりと区分けされていない。気学には西洋占星術でつかうホロスコ-プみたいなものがある。一白水星とか五黄土星の定位盤に、年盤、月盤などを重ねあわせて凶方位などをみる。西洋占星術で誕生日できめられる乙女座などにあたるのが、生まれ年できめられている本命星である。
ある本によれば、風水では本命星ではなく、本命卦といい、おなじ年の生まれでも男と女では本命卦がかわってくるし、五黄土星という星はない。ただ、風水も長い歴史のあいだに枝分かれし、日本でアレンジされて今日に到っている。僕自身の考えとしては、日本風水を実践して効果をあげているのだから、それでよしと考えている。
「僕の鑑定を言うとな、新発田市から北だとすると犯人は新潟県の下越あたりにいるんだと思う。その土地をすぎると海のむこうか北海道の一部の地域になる。また、方位の場合、それぞれ各方位を分ける境の線近くには五黄殺の凶意が働くとされていて、真ん中を狙うのが吉方位のとり方だ。北海道だとその五黄殺の凶意が働くんだ。だからある程度盛んな街を想定すると、たぶん瀬波温泉だな」
「しかしなぁ、田辺。犯人の本命星はわからんのだろう。それだと、本命殺や、本命的殺の方位がわからない。もしも、北がその凶方位だとしたらどうするんだ?」
「たしかに国安の言うとおりだ。犯人の本命星がわからないと正確な方位をきめることはできない。いまのところはすべての人に共通する方位をみるしかないんだけどな」
「頼りないな」
国安はそう言うと、すっかり冷えてしまったコーヒーをぐいと飲み干した。
「実際、ほかの方位も考えられるが、鬼門の東北、裏鬼門の南西にはいかないだろう」
「ほうなぜだ?」
国安は意地の悪そうな、そう、魚でいえばボラのような顔している。
「鬼門や裏鬼門は、悪事を働く者には恐い方位じゃないかと思うんだ。とにかく今年は子年で四緑木星の年だ。年盤でみると暗殺剣が東南にめぐり、北西が五黄で南が歳破。北東と南西が鬼門、裏鬼門。やつが新発田市にきて旅館で鑑定をはじめたのは十二月二日。その後に五黄、西には暗殺剣。つまり、いまのところ凶方位ではなく、鬼門、裏鬼門ではない方角は北しかない」
僕と国安の話を聞いていた石岡は、
「なんなんだよ、ほかに日盤なんかもあるんだろ。時盤や分盤なんかもあったりしたら、どこもかしこも凶方位なんだ。あきれてものも言えやしない。つまりだ、人間という存在そのものが凶的存在ということだよな」
石岡のやつが勝手に腹をたててぶつくさと言い。続けて、「本当に風水なんかで人が捜せると思っているのかよ?」と、たたみかけるように文句を言ってきた。それならと、簡単な易で今後の行方を占ってみることにした。
まずは口をゆすぎ、顔を洗って簡易な斎戒沐浴をする。そして、神棚に拝礼をして、心を落ち着けるのだ。それから緑色のバスタオルをもってきて、それをテ―ブルのうえに置いた。おもむろに黒のサイフから五円玉三枚をとりだし、あわせた手のなかでよく振った。
これらは市販されている文庫本を読んで覚えたものだ。やり方は五円玉を三枚つかい、計六回なげて易をみる。表と裏をきめて、表がでたら3、裏がでたら2とする。そして三枚の数をたした数で奇数なら陽。偶数なら陰としてみる。ちなみに、緑色は直感を鋭くさせる色だとされているから、緑色のタオルをつかったのだ。
結果は「乾為天」。さまざまな意味での成就を意味し、計画の実行をすすめる卦であった。変卦も「火天大有」で申し分ない。卦の結果は神の導きの言葉としてうけとる。今回の件もかならずや解決できる確信をもった。
それではと、僕はみなのところに帰り、占いの準備をし、南を向いて五円玉を三枚手のなかでまわして三回テ―ブルになげた。南を向いたのは、南の方角には直感を倍増させる気があるとされているからだ。
でた卦は「坎」で九星でいえば一白水星を意味する。その卦をみても石岡はただうなずくだけだ。それほど、僕の易は信頼されているということだ。
そう、半年前のことだ。石岡の書店で万引きが多発して、かなりロスがでて困っているという相談をうけた。そこでさっそく易をやってみた。
易の卦は「山風蠱」。腐敗、獅子心中の虫という意味がある。そこで内部の犯行ではないかと助言したのだ。石岡はまさかという顔をしていたが、知りあいの友人に手伝ってもらい、アルバイトの高校生を見張ってもらっていたら、その少年の仲間とグルになって万引きをしていたことがわかった。そのうえアルバイトしていた少年のカバンには、タグがついたままのCDが何枚もはいっていたのだ。
石岡の書店は今もCDも販売していて、すべてのCDには防犯用タグがついている。ダウンロードで購入することが多くなった今では、CDを販売している店も少なくなった。
しかし、分厚い鞄にいれていると、防犯用のブザーは鳴らないことをアルバイトをしていた少年は知っていたのだ。それ以来、石岡は私の易を信じるようになったというわけだ。石岡には、風水の処方である、「厄祓い」の方法もすすめた。いくら家相を吉相にしても、本人に厄がついていたのでは開運しない。それで、自分の髪の毛と爪をテッシュペーパーで包み、吉方位のごみ箱にいれてくる方法。吉方位に半日ほど歩いて帰ってきてから、半日くらい風呂にはいっているという方法をすすめた。もちろん、ずっと湯船にいなくてもよい。浸かったり、湯船からでたりして、汗とともに、厄を洗い流すのだ。
産土神社と、今住んでいる地域神社の参拝もすすめた。産土神社は生まれた土地の神社であり、生涯の守り神とされている。家庭円満、縁結びから生死を司る大切な神社になる。地域の神社は、主に、財運や仕事の開運を司るとされている。
石岡は僕のすすめを素直にしたがった。それほどショックな出来事だったのだろう。石岡はその後、優秀なアルバイトに恵まれ、親との不仲も解消しつつあると、なにやら不満気に報告してきたのだった。
易にかぎらず、なにかを占うときは鑑定する人の主観や直感にゆだねられる。どんな卦がでても、それがタロット占いでも、占った人の感性しだいではまちがった解釈をすることがある。僕自身でも、自分のなかの欲や強い思いが邪魔するのか自分のことだとよくはずしてしまが、人を占うときは不思議とよく当たるのだ。
さて、犯人の占いだ。まずはこの詐欺の件を易でみてみることにした。一回、二回とコインが宙を舞った。そのたびにメモに数字を書きいれでた結果は、「雷沢帰妹」。下世話な表現で通じている女という暗示。なんのことかよくわからない。佐恵子のことなのか?
今度は詐欺師について易でみてみようと再度コインをなげる。ふたたびでた卦は「風沢中孚」、誠実という暗示だった。
僕は国安と石岡の顔色をうかがった。まったくどういうことなのか判断に困る卦だ。
「この卦が正しいのだとすると、詐欺師は誠実な人。つまりは、佐恵子さんの方があやしいということになるな」
「馬鹿いうなよ、彼女があやしいわけがないだろう。おまえの易がいくらよく当たるからといってもはずれることだってあるだろう?」
僕の言葉に国安は突然憤った。
「そうだな、あれほど清楚で美しい人が嘘をつくわけがない」
石岡も柄にもない言葉を吐いた。
どうやら二人とも佐恵子に一目ぼれしたらしい。恋は人を盲目にさせるというが、まったく困ったやつらだ。
「田辺、俺はおまえをみそこなったぞ。もういい、俺はその瀬波温泉までいってその風水師をとっつかまえて、佐恵子さんに土下座させてやる!」
「おいおい待てよ、少しは落ちつけって。そこまですることはないだろう」
僕がそう言うと、国安と石岡は突然立ち上がり、
「田辺、俺たちの友人関係も今日までだ。つけにしていたコーヒーと飯代は忘れてくれ」
「いろいろ相談のってもらって感謝していたが、今日はおまえの本質をみた思いだ。俺は国安と一緒に瀬波温泉までいくつもりだ」
二人は軽蔑したようなまなざしで言った。僕はひとつため息をついた。
なにも素姓の知れない者のために、そこまで思いこまなくてもよかろう。なにが二人をそうさせるのか? しかし、二人の友人を失うのも残念だ。
「わかったよ。僕もいくよ」
そう言うと、二人は大はしゃぎで、さあいこう、今いこうと言いはった。どうやら二人は暗黙の了解で演技をしていたのだろう。今日は北の方向は日破殺だからと嘘をついて、明日の朝はやく、瀬波温泉にいくことにした。瀬波温泉にいくことにした。
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