風水師を追え

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風水師を追え

瀬波温泉には朝の九時についた。   僕はハンドルをにぎりながら、うしろで寝ている石岡と国安をルームミラーをみながらため息をついた。   なにしろ、新発田市を出発してからずっと寝たままなのだ。昨日の元気はどこへやらだ。   僕は腹立ちまぎれに、カーラジオのボリュームをめいっぱいあげてやった。「うぎゃぁぁっ!」という叫び声があがり、僕はとことん笑ってやった。 午前中には、瀬波温泉近辺の新聞店をまわったあと、近くの食堂で昼飯を食べていた。   瀬波温泉は村上市の地域内にあたる。日本海に夕日が沈む、風光明媚なところで、数多くの旅館やホテルがひしめいていた。   風水師の情報については、思ったとおり風水鑑定のチラシを何日かまえにいれたという話をあっけないほど簡単に聞くことができた。 そのチラシは佐恵子から訊いた『風水・開運相談』とよく似ている。 食堂から電話をかけたら予約なしでもすぐに鑑定してくれるという。 犯人かどうかはわからないが、チラシに記載されている鑑定場所である白波荘の駐車場で、午後二時からの鑑定時間を待っていた。 「いよいよだな」   国安のやつはなにやらわくわくしている。僕も久しぶりの緊張感を味わっていたが、石岡は出無精なやつだから、久しぶりの遠出なのか風景ばかりみていた。 「まあ、あせるなよ。まだやつと決まったわけじゃないからな」   僕は佐恵子から参考までにもらった名刺をとりだし、改めてみなおし、腕時計をみた。 「時間だ、さあいこう」 白波荘は木造建築で、かなり昔から旅館をしているようにみえた。 どこもきれいに掃除はされているが、廊下を踏むとぎしぎし音が鳴る。ホテルもいいが、たまには二美と旅館でゆっくりするのもいいかなと思った。 玄関には上品な壺がおかれ、ひまわりの花の絵が飾られていた。 ひまわりの黄色は金運を生みだすものとされている。 風水でみても泊まり客が絶えない家相といえるだろう。 南東には張り出しの玄関。接客商売にとっては人の出入りの大変多い盛相である。ほかのレイアウトはよくわからないが、従業員の応対のよさをみれば、再び訪れたいものだと、宿泊客は思うにちがいない。 年の頃なら四十代なかばくらいの、女性の従業員に案内されてきた部屋のまえに、『風水開運』の小さな立て看板がみえた。 障子紙が貼られた、やや黄ばんでいる戸。つまり、鍵など部屋にはついていない。デートするには不向きかなと不純なことをふと思った。 「ここか……」 国安がそう小声で言った。 僕たち三人は、たがいに顔をみあわせた。最初はふつうのお客のふりをすると、打合せ済みだった。 「さきほど電話した田辺という者ですが」 久しぶりの緊張感にとまどいながらも、僕は部屋の外から風水師に声をかけた。 「はい、どうぞお入りください」 やさしげな声が聞こえた。 僕たちはゆっくりと八畳くらいの部屋に入った。 壁は緑色の土壁で、落ちついた雰囲気だ。障子戸をあけた向こうには、中庭に植えられた樹木が心にやさしく感じられ、ホテルでは味わえない感覚をあたえてくれそうだ。 風水師は木造の広いテーブルに、地図や羅番、方位磁石やさまざまな書物を置いてすわっていた。 目のまえの風水師は髪を真ん中から分け、眼鏡はかけていない。 年は三十代くらいで佐恵子の話していた風貌ではなかった。 この男ではないのかもしれないと思うと、僕の心にかるい失望の思いがわきあがった。「林田といいます。東北風水学会に所属しています。まだまだ風水を究めていませんが、そのぶん、一生懸命に鑑定します」 「あなたさ、自信もないのに鑑定してお金をとるっていうの、ちょっとおかしいよ」 国安はいらついた声で言った。名刺とはちがう組織だ。 国安も失望感からか機嫌が悪い。こいつは心にしまっておくということを知らない。それでいつもあちこちで喧嘩をしているのだが、僕もその言葉には同感だった。 たとえば医師が、自信はありませんが、手術をしますと言ったら、きっとほかの病院にいくことになるだろう。鑑定する者も確信をもってやるべきだろうと思ったのだ。 「ああ、どうもすいません。本当にそうですよね。どうも新発田市で鑑定してからどうもおかしくて……」 新発田市! こんな偶然があるものか、さては、いく先々で名前や姿を変えているのだろうか。 「新発田市ですって? そこは僕の住んでいるところだ。たまたま温泉にきて、あなたののチラシをみて、鑑定でもうけようかと思ってきたんですが、新発田市でなにかあったのですか?」 僕は白々しい嘘をついた。 「いえ、あなたがたに言うのどうもはばかられます。東北風水学会の看板に傷をつけるようなものですから」 「ますます聞きたいですね。いや、もう正直に話してしまおう。あなた、新発田市で川名佐恵子という人の相談をうけたでしょう? 違いますか」 「川名……佐恵子、さんですか、ああ、あの人ですか……」 林田は顔をしかめ、沈んだ声で言った。 それにしても、どうも変な雲行きだ。林田が犯人なら、こうも冷静でいられるはずがない。 「たしか……ええ、佐恵子さんという方でしたね。この方のおかげで私はすっかり自信をなくしてしまったんです。あなたがたはその方のお知りあいなのですか?」 林田はなにかおびえているようにみえる。それにしても、なぜ居所がわかったのか不思議に思わないのも変だと思った。 「僕たちは佐恵子さんのたんなる知りあいです。ただ、あなたが佐恵子さんをだまし、お金をまきあげたというので、ここまでやってきたというわけですよ」 「そんな、馬鹿な……、それは嘘です、誤解です。あなたがたは佐恵子さんにだまされているんです!」 「なにぃ! 盗人たけだけしいというのはおまえのようなやつを言うんだ」 国安は林田のくびもとをつかみ、いまにもなぐりつけそうな気配だ。 「おい待て、国安! 話を聞いてからでも遅くはないだろう」 国安は乱暴にその手をはなし、どっかりと畳にあぐらをかいた。 林田はしばらく荒い息を吐いていたが、お茶を三杯続けて飲み、ようやくおちついてきたようすだった。 「すいませんね。こいつ三才までゴリラに育てられたもので」 石岡がまじめな顔で言うと、林田の顔も少しはほころんだ。 「で、林田さん。佐恵子さんを鑑定してから自信をなくされたというのはどういうことなのですか?」 もともと僕自身も、佐恵子にはどこか不審な点があると思っていた。佐恵子から話を聞いていたときも、挙動不審な態度をときおりみせていたし、易でもそんな卦がでていた。 「はい……しかし……」 「このまま五体満足で帰れると思うなよ」 「おいおい国安。だいいちおまえの言葉はダサすぎるよ。いまどきそんな言葉は誰も使わないぞ」 石岡の言葉が国安の口をふさいだ。 その後もなんだかんだといってなかなか話をしようとしなかったのだが、三人の説得と脅し? によって、林田はようやく硬い口をひらいた。 「あの日、たしかお昼頃に佐恵子さんを鑑定しました。佐恵子さんが持参してきましたレイアウトでの家相も服装も風水的に良くありませんでしたので、そのようにお話したのです。すると佐恵子さんが、『十人分の鑑定料金を支払いますから、私の父に改築しなければいけないという説明をしてください』と言われたのです。もちろん、そのようなお金はいただけませんとお断わりしたのですが、どうしてもと無理やりに渡されたのです。だけど家に伺うことは承諾しました。やはり、実際に家をみて、家相をみたほうが勉強になるし、鑑定の精度もあがりますしね。そして翌日佐恵子さんの弟さんが迎えに来られて、佐恵子さんのお父様にさまざまなご説明をしたのです。その日、佐恵子さんは家にいませんでしたが、あらかじめ話をされていたのか、恰幅のいい佐恵子さんのお父様はじっくりと聞いて下さいまして、奥さんが女房が丈夫になるのなら改築しますと言ってくれたのです」 「そのあたりまでは佐恵子さんから聞いています。それでそのあとあなたが、建築業者の人を紹介してくれたんだと佐恵子さんは言っていましたが」 「いえ、そんな話は知りません。私はタクシーに乗って、佐恵子さんの自宅にいき、渡されたお金を封筒にいれ、ポストに投函し、この瀬波温泉に宿をうつしたのです」 僕はじっと林田の顔をみつめた。嘘をついている顔ではなかった。 「ではなんの問題もないですね。それからどうしたんです?」 「ええ、本部に問いあわせたのか、佐恵子さんの弟だと名乗る男の人から電話がありまして、私の鑑定にしたがって改築をはじめたらとたんにトラブルが続出だ。どうしてくれるんだとさんざんに叱られてしまいました。それですっかり気持ちが萎縮してしまって……」 「黙って聞いてりゃふざけたことばかり言いやがって!」 国安は本気で怒っていた。これでは話が先にすすまない。私は石岡に頼んで国安をしばらく外に連れだしてもらった。 「名刺をもっていますか?」 林田は黙って名刺をさしだした。 佐恵子からもらった名刺とみくらべてみるとまるで違うものにみえた。電話番号が違う。 佐恵子からもらった名刺をよくみると、パソコンで作成したものかもしれないと思った。 僕も店のメニュー表やポスターなどは自分のパソコンでつくってやったことがある。たしかそのパソコンでも名刺はつくれたはずだ。 機種は違うだろうが、やってやれないことはない。紙の質も違う。 佐恵子のはたぶんケント紙かなにかだろう、なにか薄くて安っぽい。 書体や文字の大きさも単調な感じをうけた。 電話秘書という電話応対をする仕事がある。それを悪用すればある期間だけは応対してくれるはずだから、今ここで電話をしても林田の証言の裏をとることはできない。 「林田さん。僕はあなたを信用しつつあるが、国安だけは納得しそうにないな。あいつは怒るとなにをするかわからないんだ」 「それではどうすれば……」 「あなたと一緒に本部へいくしかないな」 「ああ、それなら今日の午後から帰京するつもりでしたから、ご一 緒にいきましょう」 僕はその言葉を聞いて、すでに林田が白だという確信に至っていた。迷いもとまどいも感じられない。僕は彼の言葉に嘘はないと思った。 「林田さん。話はかわるが、よく居所がわかったものだと思わなかったみたいでしたね」 「ええ、たしかに考えてみると不思議です」   僕は行方を鑑定した話を自慢げに話した。ときおり微笑みながら聞いていた林田は、 「違う点もありますね。私は一白水星が本命星なので、本命殺、本命的殺の方向である東北と南西にはいけなかったのですよ。まあ、気になる点もところどころありますが、よく勉強されていますね」 そう言ったあと、林田は微笑んだ。
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