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事の真相は?
僕は東北風水学会の本部へ行き、証言の裏づけをとった。彼の話に嘘はなかった。といっても僕は鑑定を受けに来たということにしてあるだけなので、詳しい話を聞いたわけではない。本部のオフィスをチラリとみて、林田の身元を女性事務員に確認したくらいのものだが、あんなにも大勢のスタッフというか、働いている人をみると、一時的に集まっているだけの、大がかりな詐欺集団とは思えなかった。本部は宮城県名取市、駅の近くのビルのワンフロアを貸切
りにして、本部としているようだ。
僕はビルやオフィスの家相のことはよくわからないが、たぶん、吟味したうえでこの場所を決めたのだろう。
会長は本をいくつもだしている著名な人で、私も写真で顔だけは知っていた。
やるべきことを終え、電車で新潟に向かうあいだ、僕はふと国安のことを思い出していた。
「田辺! それはあいつの話を信じているということだろう。な、な、情けないぞ俺は」
駅まで二美が迎えに来てくれていた。二美は僕の顔をみるなり、
「石岡さんから電話があって、帰ったら電話してくれって」
と、声をかけてきた。さっそく石岡に携帯をかけた。
「佐恵子さん、どこかへ逃亡しちまったよ!」
「なに!」
「国安のやつ、ぜんぶ佐恵子さんに話しちゃったんだよ」
翌朝、僕は石岡と国安を自宅に呼んだ。
「田辺、悪かったな。佐恵子さんに俺が瀬波温泉にいって、犯人をみつけたと話したら突然電話を切られてな、佐恵子さんの自宅にかけつけたら……彼女のかあさんが、急に旅支度をしてどこかへいっちっまったというんだ。やっぱりおまえの言うとおり、佐恵子さんがしくんだんだな」
「いや、まだ事の真相は闇のなかだ。佐恵子さんのうしろには男の影がみえる」
僕は県警に電話をし、田中さんにかわってもらい、事のいきさつを話した。そして、新潟空港に電話をかけて、佐恵子の行方を追ってくれるように頼んだ。
「俺だからいいけど、こんな話をほかのやつが聞いたら大変だぜ。まあ、おまえからの通報だということで、うまくやってやるよ」
それからすぐに田中さんから電話があり、北海道に向かったことがわかり、地元警察に捜査を頼んだという。僕はすぐに北海道の南部、瀬棚町付近を重点的にと伝えた。田中さんは不思議そうだったが、承諾したようだった。
「なぜ北海道なんだ?」
電話での会話を聞いていた石岡が、不思議そうに尋ねた。
「新潟からみて、北の方向は北海道の一部の地域しかない。たぶん、佐恵子さんはざっとだけ風水のことを勉強したんじゃないかな。北は秘密を守るという方角なんだ。男も一緒だろう。今は推測でしかないが、佐恵子さんは男の言いなりになり、家を捨てる覚悟で共犯者になっているんだろうな。だけどすぐに逮捕されるよ」
「なぜなんだ?」
石岡と国安は同時に問いかけてきた。
「昨日は十一日。北は年盤、月盤でみると凶方位ではない。だけど、日破殺方位なんだな。それと、緑谷さんから聞いた佐恵子さんの本命星は六白金星。本命日破殺も犯している。佐恵子さんは日の吉凶まではみてなかったんだろう。それにぎりぎりの北では五黄殺の凶意がはたらく。北が凶方位の場合、秘密が表沙汰になるという現象がおきるとされているんだ」
「そんなにうまくいくかよ」
「石岡、まあみていろよ」
その後、田中さんから連絡があったのはちょうど夜の八時頃だった。田中さんは、
「いやぁ驚いたよ。おまえのいうとおり瀬棚町の旅館にいたよ。男も一緒だった。なぜわかったんだ?」
と、かなり不思議そうだったが、風水の話をしても信じていないようだった。
それから数日後、おじさんから経過連絡があり、父親は主犯の男の親で、佐恵子の父親ではなかった。佐恵子は妊娠をしていたという。告訴はないということで、事情聴取が終わったら家に帰すとのことだった。どうやらすべて男の計略だったようだ。最近ブ-ムになった風水に目をつけ、佐恵子を利用して自分の親から金をまきあげることにしたのだ。男は佐恵子をもっと利用するつもりだったのか、一緒に北海道にいったのだと、また、男のうまい言葉にだまされ、男のいいなりになっていたのだろうと、そのときは思っていた。
しかしひとつ疑問が残る。なぜ僕のところに相談に来たのか?
まあ僕に相談したところで林田をみつけることなどできないと思ったのだろうが、僕に相談することよって、犯行のすべてが露呈することになってしまったことは事実なのだ。
僕は佐恵子さんの自宅に、翌朝訪ねてみることにした。
そして翌朝、佐恵子の家を訪ねて、いろいろと訊ねてみることにした。
呼び鈴を鳴らすと、化粧をしていない佐恵子が迎えにでてきた。
あらかじめ電話をしていたが、彼女もおわびしたいので一度会いたいと言っていたのだ。
家には誰もいないようだ。
「父は私が幼いときに亡くなっています。私、母親ひとりに育てられたのです」
佐恵子は青白い顔をして、うつむいたままだった。化粧をしてい
なくても佐恵子の美貌はかわらなかった。
「佐恵子さん、大丈夫ですか?」
佐恵子は目からあふれる涙をぬぐい、そして静かにうなずいた。
「どうして僕に相談をしてみようと思ったのですか?」
「彼が、喫茶店で風水占いをしているから風水師が詐欺を働いたという証人にはもってこいだと言っていたんです」
「しかし、彼が親を裏切る理由がよくわからないな」
「……実の父親ではないんです。彼の母親は後妻なんです。その父親とはあまり仲がよくなくて、いつも困らせてやるって話していました。それに計画は万全、絶対にばれないって言っていましたから、まさか……」
「なるほど、それで林田が鑑定にきたとき君は家にいなかったんだな。林田が佐恵子さんの弟と言っていたのは君の彼氏なわけだ」
佐恵子はうつむいたままうなずいた。
「まあ、たしかに今考えてみると、林田をみつけられたのはかなり運がよかったんだよ。林田の行方がわからないままだったら、完全犯罪だったかもしれない。林田が風水師でなければ、行方を鑑定することなんてできなかったしね。でもなぜ、林田のところにクレームの電話なんかかけたんだい?」
「はい、はじめは彼の父親に改築をすすめてもらい、お金をださせて終わりのはずでした。彼がお金を預かって、建築業者に渡すということになっていましたし、警察にも届けたことにしてうやむやにするつもりだったんです。名刺も偽のものですし、彼の父親がその名刺をみて電話をかけてもでたらめの番号だし、計画は完璧だったと思いました。林田さんにお渡ししたお金は、少し後ろ暗い意識をもたせて、万が一のときは口止めする計画があったんです。ですけど、そのお金を返してきたので、これほど誠実な人なら改築後の経過を尋ねる電話をしてくるんじゃないかと、彼が疑心暗鬼になったんです。たしかに私が鑑定をうけたとき、私の人相や服装だけである程度の相談内容も当てましたし、誠実な人柄であることも感じら
れました。彼は、クレームの電話をしておけば二度と連絡をしてこないだろうと言っていました。今思うと子供じみた計画でしたけど……」
「しかしね、林田が鑑定にいったときに、あなたからの依頼だと話していたら、計画はだめになっていただろうね」
「ええ、あのときは、彼が父親のそばにいて話をはぐらかしたりしてたみたいです」
たしかに幼稚な計画だった。まあとにかく僕の探偵活動はそこで完了したのだが、そのあとしばらくしてから、彼と結婚することになったと佐恵子から電話があった。あの事件がかえって父親と、彼の心の垣根を取り去ることになったらしい。それにどうやら二人は本気で愛しあってもいたらしい。
その後、石岡や国安がその話を誰かれ関係なくするものだから、いつのまにか私は風水探偵と呼ばれるようになった。それからというもの、急にいなくなった犬を捜してくれだの、どこかにしまい忘れた形見の品をみつけてくれだの、それだけならまだなんとなくわかるが、明日の天気を尋ねるやつもいる。まったくわけのわからない相談までされるようになってしまった。
よって今は雑談程度の相談と、僕の愛読している著書を紹介するだけにしている。まあ、二美からやってあげてよと言われないかぎりはこの重い腰をあげるつもりはない。本当は、またやりたいと思っているんじゃないのって、二美には言われてしまう。やはり二美には僕のすべてがお見通しのようだ。
(了)
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