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鴨山書道教室のおじいちゃん先生が腰を痛めた。
代わりの先生がいるから大丈夫と先生は言ったけど、どうやらまだ来ていない模様。
だいじょばないんじゃないかな。
教室のよく陽の当たる窓際の机に長々と寝そべっていたのは『猫』だった。
先生はこの飼い猫をとてもかわいがっているんだけど、何故か猫としか呼ばない。
「さ~ぼれてラッキーいぇー」
小学六年生の瑛太は落ちつきがない。
行儀よく座っている五年生の沙央ちゃんを少しは見習えばいいのに。
火曜日の生徒さんはもう一人、四年生の萌恵ちゃんがいるけど、萌恵ちゃんは先週からお休みだった。
四月には十人はいたのに、もうじき一年が終る今では私を入れてこの四人になっていた。
ここ二年はコロナ禍に振り回されっぱなしだ。
「瑛太!席について。もう先生来るから!お尻ふりふりしない!」
そんなことを言えばますます調子に乗るんだけど、私も静かすぎる空間は苦手だった。
私は中学二年の柏木ほのか。
一番年上なので、仕方なく教室のまとめ役をしている。
猫がすっと動いた。
かりかりと器用に爪をかけて窓を開け、外に出てしまった。
それにしても新しい先生はどうしたんだろう。
数分後ガラッと開いたのは、入り口の戸ではなくて窓だった。
ぬるりと黒い服の男の人がそこから入ってきたので、ぴゃっと腰が浮くくらい驚いた。
私たちより頭二つくらい大きい。
砂のような灰色の髪で、金色の目をしていた。
男の人は、マスクをしているせいで余計に目立つ目をすうっと細めた。
「猫沼だ。おうざんから聞いていただろう?」
「おうざん?」
全員が首をかしげた。
「鴨山だ。ここのじいさんのことだ……ああそうか、おまえらかもやまって呼んでるもんな」
私たちは慌てた。
今までかもやまだと信じて疑ってもいなかった。
「鴨山が否定しないんだから構わない。俺だったら怒るけどな。ついでに言えば子どもも嫌いだ。鴨山がスイス銀行に百メザシ振り込んでくれるらしいから引き受けたけど、もう既に面倒くさい」
メザシってどこの国の通貨単位だっけ。
「せんせー!せんせーハーフ?なに人?」
こんな時遠慮のない瑛太は話が早い。
でも空気読みなさい。
「先生言うな。先祖はリビアにいたらしい」
リビアがどこなのか誰もわからない。
「じゃあ猫沼」
「瑛太が言うと失礼だな」
そろそろやめとけばいいのに、瑛太はしれっと指さした。
「先生言うな言ったくせに。社会の窓開いてまーす」
猫沼先生は視線を落とし、くるっと後ろを向いた。
先生のお尻からは、長いぬいぐるみっぽいしっぽが生えていた。
これ、突っ込んであげなくちゃいけないのかな。
「あのう、先生。しっぽが」
「ほのか。些細なことだ、気にするな。それより先生言うな。呼び捨てでいい」
気にするのそこなんだ。
猫沼はしっぽをつかんでズボンにしまった。
本人が言うんだから仕方なく呼び捨てることにする。
「さあ、本題に入るぞ」
ねえ猫沼、本題どころかまだ何も進んでいないんだけど。
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