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彩春は朝から少し緊張しているようだ。
焼き鮭、ひじきの煮物と豆腐とわかめの味噌汁が並ぶ食卓に向かい合わせる。
「田沼英子とカフェで時間を調整するから、お父さんと少し話をするといいよ。連絡をもらったら店に向かうから」
「わかった、でもちゃんと出来るかな」
「彩春ならできるよ。俺が保証する」
「やれる気がしてきた」
「いつだって俺がついてる。だから安心して」
「うん」
いつものように二人で電車に乗る。
「ところで、会社への住所変更はどうなってる」
扉にもたれるように立つ彩春の前に立ち押しつぶされないようにガードする。
「忘れてた。どちらにしても月曜日に人事に話す事があるから、その時にする」
「例の件、まだ続いてたのか?」
「うん、実は」
「一人で解決しようとするな。必要な時はいくらでも俺の名前を出すこと、約束してくれ」
俺の目の前で頭が上下に揺れ、頷いたのがわかった。電車の中じゃ無ければ抱きしめていたところだ。
彩春が愛おしすぎてツラい。
[今夜楽しみ]
田沼英子からメッセージが入る。
毎日、恋人と錯覚しそうなメッセージが来るたびに一定の距離を考えながら返信する。
[6時30分に駅前のカフェで待ち合わせよう]
大きなハートに好きと書かれたスタンプが表示される。
彩春からなら嬉しいが、こういう甘いメッセージはほとんど無い。
今度、俺からやってみよう。
その後も田沼英子からはどうでもいいようなメッセージが来たが、いつものように就業時間過ぎに[仕事中だった]と一言だけ送った。
いちいち返すのが面倒な場合に使う方法で線を引いてるつもりだが、おつかれさまという言葉と共に沢山のハートが付いていて、少しイラッとした。
待ち合わせのカフェで、田沼英子と彩春の父親の対面と、慰謝料請求の為の証拠を掴む為の有効な方法などを優とラインでチャットをしていると約束の時間より10分ほど遅れてやって来た。
「ごめんね、昌希くんと会えるから気合いを入れていたら遅くなっちゃった」
「田沼さん綺麗だから気合いを入れなくても大丈夫でしょ」
「昌希くん、画面でもイケメンだけど実物はもっと素敵だね」
「どうも」
スマホがブルッと震えた。
優からかと思ったが彩春からの連絡だ。
父親と話が出来たんだろうか。
カップを手に持つと「じゃあ行こうか」と田沼英子を促した。
並んで歩いていると田沼英子が腕を組んできたから、さりげなく解く。
「えーダメ?」
上目遣いで腕に胸を押し付けてくる。自然と目線がいくと、大きくV字に開いた襟からハリのある谷間が見えている。
「俺、腕を組むとかちょっと苦手なんだ」
特に、君みたいなおっぱいを押し付ければ男が落ちると思っているようなおっぱい脳女が、とは流石に言えないがこんな風に言っておけば腕を組んで来ないだろう。
「そうなんだ、昌希くんて結構ナイーブなんだね。だったら、少しづつ慣れていこうね」
これで、ん百万も貢ぐ奴がいるのか?
彩春の父親も出雲も、こんな見え見えな戦略に引っかかったのか?
隣では田沼英子がずっと喋り続けているが、それを聞き流しつつ店に向かう。
それほど遠い場所では無いのに、駅一つ、二つ分は歩いたような疲労感だ。
受付に名前を告げると、お願いしていたなるべく奥にある壁側の席に案内される。
「昌希くんすっごい素敵なお店だね」
「落ち着いていて料理もうまいよ」
「昌希くんって中学の時もかっこよかったけど、大人になってこういうセンスのいいお店を知っているとかますます素敵になってて同窓会に参加してよかった」
田沼英子は機嫌がいいのか饒舌だ。
俺からもいくらか金を引っ張れると踏んだのかもしれない。
「俺も田沼さんに会えてよかったよ」
そう答えた時、座席に彩春とその父親が座って居るのに気がつき、踵を返して逃げようとしたところを田沼英子が武器に使うスキンシップとして両肩をしっかりと掴むと体を密着させてそのまま壁がわの席に押し込んだ。
諦めて席についた田沼英子に向かいに座っていた彩春の父親らしき人物の呟きが聞こえた。
「英子ちゃん・・・」
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