<春がきた>

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朱夏がどうなったのか聞かないまま24日を迎えた。 前日は昌希さんの出勤最終日でたくさんのプレゼントや花束を貰っていた。 恋人になる前、一緒に仕事ができるのが楽しいと思わせてくれる上司だった、同じ様に思っている人がたくさんいるということなんだろう。 昌希さんの両親は帰国後、熱海のホテルに滞在している。横浜に自宅があるが長期にわたり海外にいるため賃貸に出していて帰る訳にいかず、このおばあさまの家や希未さんが住んでいるマンションもお互いが気を使うと言って観光もするからと熱海のホテルに行ってしまった。 24日の朝、母さんを迎えに行って三人で熱海に向かった、昌希さんの両親とランチをすることで両家の顔合わせとなった。 昌希さんのお母さんが気さくで和やかに食事を終えることができた。 夕食は全員で食べるので、それまで母さんと二人でマッサージを受けたり温泉に入ったあと窓辺に置いてある椅子に座ってまったりとしている。 昌希さんが今日は母さんと二人で泊まればいいと言ってくれたのだ。 「今まで彩春とこんなふうに過ごすことが無かったね」 「余裕がなかったもんね」 「そう言えば卒業式どうだった?」 「あの子、袴のレンタルをしてなかったの」 「どう言うこと?」 「友人から借りたワンピースで卒業式に出たから、渡した5万円はどうしたのか聞いたのよ、そうしたら慰謝料にしたって。だからお金がなくて彩春に連絡したって」 「奥さんは自分で働いたお金で支払ってと言っていたのに伝わっていないのね。それでも、慰謝料を払っているのは、やり方は間違っているけど評価できるのかしら」 「それが、出雲さんは田沼英子や他の不倫相手同様慰謝料を支払わなければ徹底的に争う姿勢を見せているから、それが怖いみたい」 「そう・・・言うことね。そんな計算は出来るんだ」 「朱夏は彩春のおかげで無事にとはいかないけど大学を卒業できたし、妊娠がわかって就職活動はしていないから就職は出来なかったけど、これ以上はもう彩春が気にする必要は無いから。細矢さんも、結婚すると決めたなら腹を括ってもらわないといけないけど、朱夏はこれから母親になるんだから今までのように自分勝手に甘えていちゃいけないから。私はダメな母親だったけど、今更遅いかもしれなけど、私は朱夏の母親だから、私だけはあの子を見捨てるわけにはいかない。だから、教育をやり直したいと思ってる。今まで、彩春に母親役をやらせてしまってごめんね」 「ずっとね、寂しかった。母さんは朱夏の母さんでしかなかったみたいで」 母さんは私を抱きしめながら「ごめんね」と頭を撫でてくれた。 それが心地よくてこのまま眠ってしまいそうになった時、夕食の準備が出来たと連絡がきた。 昌希さんのおばあさま、ご両親、希未さん夫婦と母さんと私と昌希さんでプチ宴会のようになった。 というか、思えば明日の食事会もこのメンバーと言うことで明日、緊張することもないかもしれない。 プチ宴会が終わってそれぞれの部屋に戻っていき私も母さんと部屋に帰った。 「万全なコンディンションで明日に備えないといけないから、早く寝なさい」 「じゃあもう一回、温泉に入ろうか」 そう言って二人で大浴場へ行くと希未さんがいて三人で露天風呂に移動して元カノ襲撃事件の話になり驚いた母さんに顛末を説明しているうちにすっかり体が温まった。 部屋に戻りカーテンを開けっぱなしにしてから電気を消すと月明かりがほんのり優しく部屋に入ってくる。 ベッドに入って目を瞑ると意識がベッドの中に溶けていくような感覚になった。 「彩春、寝た?」 「起きてるよ」 「怖い思いをしたのね、無事でよかった」 「昌希さんがいてくれたから、悠也の時も家を飛び出していく場所がなくて呆然となっていた時に手を差し伸べてくれて、私を取り巻く問題を一緒に解決していってくれた」 「いい人に出会えてよかったね」 「うん。ところで父さんは?」 「電話もラインもブロックしていたし、あのあとどうなったのか、まったくわからないわ。どうでもいいし」 「父さんの呪縛から解き放たれた母さんは、生き生きしているように見えるよ」 「趣味を見つけてみようかと思ってる」 「そうね」 「お父さんって全然イケメンじゃないけど、真面目で婚約指輪がブカブカだったことを一生懸命謝ってた。翌日、宝石店にサイズ直しに行ったのよ。あの指輪は父さんがいなくなって売っちゃったけど、結婚指輪もね」 「うん」 「この10年はなんだったろうね。あの写真をみてからは、急にお父さんがヒキガエルに見え始めて、食べる姿や脱いだ服が汚く見えたのよね。 人間って不思議だね」 「う・・ん」 「彩春のおかげだね、あんなことがなかったら今でもあの女を思い続けるヒキガエルを自分の元に戻ってきてくれた。なんて、思ってたもの」 「・・・」 「ありがとうね。彩春」 「・・・」 「幸せになって」
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