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<結婚出来なくなりました>
「別れてほしい」
どういうこと?
だって、つい先日のこと妹が大学を卒業したら結婚しようって言ってくれたのに。
プロポーズから数日で別れの言葉を告げた細谷悠也(ほそやゆうや)は私が勤めているマテリアル株式会社で使用している複合機の保守のサービス営業マンということで知り合った。何度目かのランチを一緒にしたあと、お酒を飲むようになって悠也からの告白で二人の交際は始まった。
お付き合いをしていくうちに私もすこしづつ、悠也の優しさと実直さに惹かれていき悠也との未来を考えるようになり、悠也も同じ考えでいてくれて先日プロポーズを受けた。
妹が社会人になって自立をすれば、母親の負担もなくなり学費や生活費を支援していた私も肩の荷が下りる事になる。だから、妹の大学卒業で一区切りをつけたいと思ったのだ。
悠也もその時は了承してくれたはずだし、現に私の薬指には悠也から贈られたティアドロップ型にカットされた3月の誕生石であるアクアマリンのプラチナリングがはまっている。
「ごめん、どういうことか理由を聞く権利はあるよね?」
私が待たせたのが悪かったの?
何が悪かった?
どうしても理由が聞きたかった。
悠也は俯(うつむ)きながらぼそりぼそりと話し始めた。
「すべてオレが悪いんだ。本当は彩春(いろは)と結婚したかった。今だって彩春を愛しているしずっと一緒にいられると思っていたんだ」
「それならどうして?」
悠也はテーブルの上で両の手の平を祈るように結ぶと
「妊娠させてしまったんだ」
「え?」
聞き間違えじゃないよね?結婚しようってプロポーズまでして、いったい誰を?
「ごめん、本当にごめん。こんなはずじゃなかったんだ。」
「二股をかけていたって事?」
「違う!誓って言う。二股なんてしていない。オレが好きなのは彩春だけだから」
「じゃあ妊娠って何?誰を妊娠させたの?」
目の前が真っ暗になる。
悠也の言っていることの意味がわからない。
いったいいつ浮気をしていたんだろう?
整理が付かなくて頭の中がぐるぐるしている。
悠也はずっと下を向いたままで、暑くもないのに汗が顔の輪郭を伝って顎先からぽたりと落ちた。
「1ヶ月前くらいに合コンに連れて行かれて・・・」
「合コン?私と付き合っているのに?」
「ごめん、もちろん断ったんだ。でも、彩春のことを知っている人がいるから、付き合っていることは社内では言っていなかったんだ。結婚したらみんなに知られるしそれでいいと思っていた。だから、オレに彼女がいないと思っていたヤツに人数あわせだと言われて連れて行かれたんだ」
「どうして秘密にしないといけなかったの?他の女の子とも遊びたいから?」
「ちがう、彩春の会社とは取引があるからオレは担当から離れたけど今の担当に彩春がからかわれたりしたら嫌だと思って言っていなかったんだ」
「・・・」
「ごめん・・・どうしても断れずに合コンに参加したらあっという間にカップルが成立していてオレは少しいたらそれで帰ろうと思ったんだけどカップルになれなかった女の子が隣に来て話をしているうちに記憶が無くなって」
悠也は水を一気に飲み干すと
「そんなに飲んでいないはずだったのに」
「悠也ってお酒が弱かったよね、私の前でも飲み過ぎることなんて無かったじゃない」
「そうなんだけど、あの時は酔いが回るのが早くて途中から記憶があまり無くなって・・・それで、夢で彩春とその・・・してる夢を見てたんだ。でも、朝になって目が覚めるとその子がオレの腕の中にいて、そこがホテルだと気がついた。
記憶は無かったけど、状況はかなりまずい状態で・・・
ホテル代を置いて慌てて帰ったんだ。
数日が過ぎて、あのことはお互い一夜だけの間違いだったと忘れようと思った。
彩春にプロポーズをして、これからの未来を色々考えていたとき、合コンに強引に誘ってきた同僚にあの子がオレに会いたいと言っていると言われ最初は断ったんだけど、かなり真剣だと聞いて一度ちゃんと話をしようと思って二人で会ったんだけど、その時
「生理がこないの、あの時着けてくれなかったよね」
ショックだった。たしかに、あの時は夢と現(うつつ)がはっきりしていなかったから避妊はしてなかったのかもしれない。彼女は検査薬を一緒に見て欲しいと言ってオレもはっきりさせないと行けないと思い了承したんだけど、彼女は家族と住んでいると言うことでそこで検査するわけにもいかず、かといってオレの部屋に入れるわけにもいかずホテルでチェックすることにした。
そして結果は
陽性だった。」
「遊びのつもりが妊娠させてしまったってこと?」
「ごめん、本当に一度の過ちだったんだ。でも、妊娠したのは確かだしこのままにすることはできないから責任をとるつもりだ・・・だから」
「もういい、わかった」
「ごめ・・・ほんとうにごめん」
涙をこぼす悠也を置いて一人で店を出た。
気がついたらホテルって、プロポーズまでしてそんな所に行く?
今までずっと悠也を誠実な人だと思っていた、信じていたモノが粉々に砕け散った。
2DKのアパートに母と私と大学4年の妹である朱夏(あやか)の三人で暮らしている。
狭いがそれでもここには沢山の思い出がある。
私が高校2年の時父親の不倫で両親は離婚、父と相手の女性とはもう1年ほど続いていて、母がわたし達の為に貯蓄してくれていた教育費をすべてその女に貢いでいた。さらにその女性に貢ぐために借金までしていたため、家のローンの支払いに支障をきたし、父と一緒にいたところでますます生活が困窮すると思い母は離婚に踏み切ったが慰謝料ももらえなかった。母のパートの給与では生活が苦しく私もアルバイトをして家計を助けていた。
ただ、給料のいい企業に就職するには学歴が必要だと思い、新聞奨学生として専売所の寮に入って朝夕の新聞を配達しながら大学を卒業した。
大学卒業後は希望の企業に入社でき、母と妹が待つアパートに戻り、生活と朱夏の学費を負担してきた。来年の春には朱夏も大学を卒業し私の本当の生活が始まる。自由になれる。
そして悠也と結婚して幸せになるんだと思っていた。
あの時、すぐに結婚しようと言えば良かった?
沈んだ気持ちでアパートに帰ると朱夏が先に帰宅していてテレビを見ていた。
「お姉ちゃんお帰り」
「ただいま」
今日は、何も食べたくないし夕食を作る元気もなかった。
「ごめん、今日は疲れちゃってもう寝るね」
「大丈夫?」
「眠れば大丈夫だから」
そう答えて妹と共同の部屋に入ると、二つ並んだ小さなベッドの片方にうつ伏せになった。
目をつぶると悠也との楽しかった日々を思い出し心がツキツキと痛んだ。
なんだか,胸にポッカリと穴が空いた感じだ。
悠也
浮気をしたってことだよね、それも避妊もしなかったってことだよね。
最後に私と結婚したかったと言っていたけど、それなら浮気なんてしない。
この1年間はなんだったんだろう。
「お姉ちゃん風邪引くよ、それに服がしわになる」
着の身着のままベッドにダイブしていたため,タイトスカートはしっかりとしわになっていた。
「お姉ちゃん今までありがとう。これからはお姉ちゃんは自分のことを優先して自由になって」
妹にこんな風に心配してくれるけど、結婚しようと思っていた人に振られたばかりのわたしには酷に聞える。
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