20人が本棚に入れています
本棚に追加
希海は見知らぬ病室で目を覚ました。
福永スカイタワーは倒壊し、原型をまるでとどめぬほどに崩れ、瓦礫の山となっていた。
しかし希海は奇跡的に救出された。大したケガもなく、すぐに退院できるという。
死傷者は一万人近いとみられ、国内最大級の災害となっていた。
救出作業は倒壊後も継続して行われていたが、すでに三日経過しており、生存者はもはや絶望的とみられている。
「それでお義父さんとお母さんは……」
医師は希海に尋ねられるが、言葉に窮してしまう。
これまでその話題をさけて、希海に現況を説明していたのだが、ついに核心に触れるときが来たのだった。
「守形(すがた)さん……。残念ですがご両親は……」
「死んだんですね……」
希海も医師の語り方からその結末は見えていた。いや、あの現場にいたときから分かっていたことだ。
医師はうなずくことしかできない。
これまでに何度も、この事件の被害者に対して説明をしてきたが、肉親の死を伝えるのは慣れなかった。
「どうしてあたしだけ助かったんですか?」
「え? それはもう奇跡としか言いようがありませんね。あの状況で助かる可能性はほぼなかったと思われます。きっと神様が守形さんに生きなさいと、救いの手を差し伸べたのでしょうね」
医師は信心深い人間ではなかったが、この状況では神によって救い出されたとしか言いようがなかったのだ。
しかし、希海が聞きたいのはそういうことではなかった。
「神様は二人を選べばよかったのに……」
希海は自分だけが生き残ってしまったことに罪悪感を覚えていたのだ。
自分のせいで事件に巻き込んでしまい、自分のせいで死なせてしまった。再婚してこれから幸せになろうとしていた二人が死んでいいわけがない。どちらか選ぶのだとしたら、両親を選んでほしかったと、希海は思った。
希海が自分を責めているのは医師にも分かったので、医師は言葉を返せなくなってしまう。
「それじゃまた来ますから。何かあったらすぐ呼んでください」
医師はできる限りの笑顔で応え、病室から逃げるように出て行った。
彼も大変なのは希海にも分かった。顔には隈がしっかりとできていて、事件が起きてからほとんど寝ていないのだろう。そんな人を無責任だと責める気にはなれない。
(冷静だな、あたし……)
思った以上に心が落ち着いていた。
起きたことがあまりにも大きすぎて、そして多すぎて、どのようにも捉えられなかったのだ。ただすべて実際に起きたことで、もう戻すことはできないのだと理解できた。
サイドテーブルには、希海のスマホが置かれていた。
これが唯一持ち出されたものなのだろう。
手に取ると画面は割れ、ボディもデコボコになっていた。
電源ボタンを押すが電源は入らなかった。倒壊の衝撃で壊れてしまったのだろう。フレームもゆがみ、力をこめれば中身が飛び出してしまいそうだ。
希海の目に涙が溢れてきた。
「う、うう……」
これまではなんともなかったのに急に悲しくなってきた。
喪失感。
壊れたスマホ本体や中に入ったデータは、買い直したりクラウドに保存されているものをダウンロードしたりすれば元通りになるが、死んでしまった人間はそうではないのだ。
「二度とよみがえらない……」
涙を拭うが意思に反して流れ続けた。そして嗚咽が止まらなくなる。
希海は意識がなくなるまで泣き続けた。
最初のコメントを投稿しよう!