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後悔
取り返しのつかないことをしてしまったのは、ヒデオにもすぐ分かった。
眼前にいた上司は初めからそこにいなかったかのように姿形がなくなり、ビルの壁も綺麗に吹き飛んでいた。
近くにいた受付の女性もどこに消えたのか分からなかった。
「あ、ああ……」
人を殺したのは初めてではない。異世界では振り払う火の粉を払うために大勢の人を殺してきた。
高威力の攻撃も、魔王戦に比べればだいぶ出力が落ちている。
しかし、異世界と現代では感じ方がまるで違った。初めて魔物と戦ったときのように足が震え、立っているのも厳しい。
異世界では常に魔王との戦いがあり、人はそれぞれ武装をしていて、命を奪われることも珍しくなかった。けれどこの現代は違う。人の命は重い。
破壊行為も異世界では日常茶飯事で、被害を気にしていては戦えないが、ここでは大問題となってしまう。
罪の重さ、そして深さに耐えられず、ヒデオは逃げ出した。
飛翔魔法を全力で行使して、福永スカイタワーから一気に飛び去ったのだ。
「これは夢か!? それとも現実なのか!? 俺は……俺はどこに生きてるんだ!?」
ヒデオは速度をぐんぐん上げ、がむしゃらに空を駆ける。
自分は異世界に生まれ、そこで育ち、18年という長い期間を過ごした。だから異世界で起きたことは現実のことだと思っている。
しかし異世界に転生したばかりのときは、そこが夢のようにしか見えなかった。人々が武器を持って、人を、魔物を殺す世界。普通の現代人が受け入れられるわけがない。刺されれば痛く、たくさん血を流せば、現に死んでしまうのだ。けれど、非日常が積み上がっていけばそれが日常となっていった。
「夢なら覚めてくれよ……!」
ヒデオは新たな非日常に戸惑うことしかできない。
自分が元の世界に戻り、その住人を大勢殺してしまった。それはすべて夢で、起きたことをまるごとリセットできないだろうか。
けれど、そんな都合のいい話はない。転生することがあっても、事実はそのまま残っている。
ヒデオはかつて自分が育ったこの世界で、希代の殺戮者となった。
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