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ヒデオはできる限り遠くへ遠くへと移動し、人気のない山中に身を隠していた。
「はあ、はあ、はあ……」
飛翔魔法の連続使用で魔力が枯渇していた。しばらく魔法は使えないだろう。
隠密魔法を使ってお店に侵入し、食料とともに拝借したラジオからは、今日の福永スカイタワーに関するニュースが絶えず流れていた。
爆発によってワンフロアが吹き飛び、柱や壁がなくなったために重さに耐えきれなくなって倒壊。上から順々に崩れていき、最終的にはビルがまるごと潰れてしまったという。
警察は事故とテロの両面で捜査しているらしい。
「いったい何をしてるんだ俺は……」
ちょっと前まで救国の英雄だったのに、今では大量殺人のテロリストだ。
「自首したところで許される問題じゃないよな……」
刑事ドラマではよく「罪を認めて償いなさい」というシーンがあるが、今の状況でそれをやって誰が救われるのだろうか。捕まって裁判になれば死刑になるはずだ。しかし、亡くなった人はよみがえらないし、遺族はそれで自分を許しはしないだろう。
ヒデオ自身もそれで自分を許せる気がしなかった。人の死には責任を伴う。異世界では、民や仲間の死を乗り越えて、魔王との戦いに臨んだ。死んでいった者のためにも、やり遂げなければいけないのだ。
「……それより俺は狩野英雄じゃないから、誰として裁かれるんだ?」
自分がテレビに映り、名前が表示される光景を思い浮かべたが、いったいどの名前が出るのかと疑問に思ったのだ。
狩野英雄か、スティーブか、それともヒデオか。今のヒデオは異世界人であって、日本人でも地球人でもないが。
姿も年齢も違うので、狩野英雄とは同一人物にならないだろう。
そして、前世では地球人だったが、今は異世界人です、といって誰が信じるか。輪廻転生は仏教の基礎的な概念だが、真実だと思っている人はいない。
「俺はいったい何者なんだろうな……」
異世界に転生したときは、異世界の住人として生まれたので、心細さはあっても疎外感は感じなかった。
しかし今はその状況とは異なる。生まれ育った異世界は遙か遠く、馴染みのあるこの世界との縁は絶ち切られている。
この世界で自分を知る者も迎えてくれる者もいない。この事件後であっては嫌う者だけだろう。そう考えると望まれない生を得てしまったのだと、むなしくも悲しくもなる。
「生きる価値があるのか……」
この世界はどうしてこうも自分を嫌い、試練を与えるのだろう。そんな世界に生きて、自分は何を成せばよいのか。このままでは、自分は誰にも知らぬまま一人で隠れながら生きることになってしまう。
選択肢の中に死を選ぶというものもある。前の生と同じく、生きる価値がないなら死ぬべきだ。
「いや、あのときとは違う。俺には力がある……」
今の生においては、異世界では魔王に敗れたものの、勇者と言われるほどの活躍をし成果を上げた。それだけの力があり、信頼を得てきたのだ。
「なら、俺のできることをするだけだ」
この世界で、英雄という名をもって生まれ、英雄となれなかった。けれど異世界では、ヒデオの名で英雄となったのだ。ならばもう一度、この世界で英雄を目指す。
それが少しでも、命を奪った者への償いとなれば。
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