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一人
希海は退院して自宅に戻ってきていた。
「ただいま」
しかし返事はない。
玄関には三人分の靴が並べられているが、そのうち二足はもう使われないだろう。
片付けようかと思ったが、二人がここで生活していた事実をなかったことにするようで、そのままにした。
部屋はあの日、福永スカイタワーに出かけたままになっている。
「お母さん、ずぼらじゃん……」
帰ってきてから洗おう思ったのか、流しには使った食器がそのままになっていた。
希海はあの日の朝食を片付け始める。
「……大丈夫、いつものことだから」
家事は希海の担当だった。母は仕事が忙しく、ほとんど家に帰って来なかったからだ。食器はいつもこうして誰もいないときに一人で洗っていた。
けれどあの時と違うのは、布団に入って待っていても、母が帰ってこないことだ。
洗い物が終わるとすぐ手持ち無沙汰になった。両親のために夕飯を作る必要もなく、自分のことならば適当に済ませられるからだ。
広い部屋に一人。それ自体は珍しくなかったが、今日は時間が経つのが遅く感じた。その状況に終わりがないからだ。友達を呼ばない限りはいつまでも一人。
希海は耐えられなくなり、テレビをつけた。
福永スカイタワー倒壊のニュースがやっていた。胸がずきっと痛む。
「うっ……」
だがチャンネルを変えるがそのニュースしかやっておらず、希海は諦めてそのままにした。無音よりかいいと思ったのだ。
「爆発が起きたのは40階とみられています。爆弾によって一瞬にして40階が吹き飛ばされ、柱や壁をなくなったビルは強度を失い、上から順番に崩れていきました」
アナウンサーが規制線の張られた現場のそばで、事件の詳細を説明している。
「事件の直前、奇妙な衣装を着た青年が40階を訪れているのが確認されており、事件に関連あるものとして捜査が続けられています」
倒壊の原因は何らかの爆発とされていた。事故なのかテロなのかは明らかにされておらず、ニュースでは青年が犯人である説がよく報道されていた。
病院では詳しい情報を教えてもらえなかったので、希海はその青年に興味を持った。
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