私刑

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私刑

 ヒデオは最初の標的を定めた。  異世界では、敗北で終わったものの、魔王と戦うという最大級のことをやってのけた。その力を用いれば、この世界でもだいたいのことができるはずだ。  しかしただの一般人であった狩野英雄が、この世界のすべてを知っているわけではない。魔王のような分かりやすいラスボスがいるわけではなく、何が大きくて、どうすれば良い影響を与えられるのか考えもつかなかった。  隠密魔法を使えば、内閣総理大臣を殺そうと思えばいつでも殺すことができる。けれどそれで何が良くなるわけでもないし、損失のほうが明らかに多い。やってのけたところで混乱を生むだけで、誰も喜ばないだろう。  まずは手頃なところから始める。  ある殺人犯の殺害。  ラジオでは福永スカイタワーのことばかりだったが、その合間に殺人を犯した囚人が再審を求めているというニュースが流れた。  名を蝦高太一(えびだかたいち)といい、金銭を得る目的で、会社員の住宅に侵入したが家族に見つかり、妻と子を殺害。その後、帰宅した会社員も殺害した。検察は死刑を求めていたが、計画性のないことから無期懲役となった。  しかし、何者かが殺害した後、蝦高は窃盗のために侵入しただけで、殺人には関与しておらず、自供は強要されたものだと主張し始めたのである。弁護側は新たな証拠が見つかったとして、再審を求めていた。無論、死刑を望んでいた遺族は、反省しない蝦高を強く非難している。 「殺すのは簡単だが、調べてみるか……」  蝦高の死は遺族だけではなく、世論も望んでいる。蝦高が警察に捕まったときから、死刑にせよと声が上がっていた。今回の再審によって、再びその声は強まっている。悪人が正しく裁かれない世に正義はないからだ。  世界の異物である自分ならば、リスクなしで蝦高を殺すことができる。だが、ただ殺すのでは一方の意見に肩入れしているだけになる。殺す前に相手の言い分を聞き出して、真実を見定めようと思ったのである。  ヒデオはまず生活物資の調達を行った。  この世界のお金は持っていないので、すべて無断にて拝借する。自分のしてしまったこと、これからすることを比べたら些細だ。ヒデオが足を止める事由にはならない。  蝦高が服役している刑務所を調べると、ヒデオはすぐに作戦実行に移った。  囚人たちが寝静まる夜を待ってから、刑務所に侵入する。  作戦は実に簡単だ。隠密魔法を使って所内に入り込み、解錠魔法を使って鍵を開けていく。電子ロックは解除できないが、物理的な鍵であれば、どんなものでも開けることができる。  念のため、隠密性の高い衣装を纏っている。全身黒ずくめで顔もマスクで隠している。要人救出作戦のときに用いたもので、戦闘にはならないと思うが、それなりに防御力がある特別な装備だ。  蝦高がどこの部屋で寝ているか分からないので、しらみつぶしに探していくことになる。  進行は上々だった。普通の人間や監視カメラでは、ヒデオの姿を捉えることができない。慌てることなく、一つ一つの部屋を当たっていける。 (妨害魔法がなければ、こんなもんだ)  異世界では隠密魔法に対抗する手段として、探知魔法や隠密効果を無効化する魔法が用意されている。  要人救出作戦では、さらわれた外交官を見つけることはできたが、連れて帰るときに見つかってしまい、戦闘になってしまった。かなりの苦戦を強いられ、待機していた仲間に助けられ、なんとか完遂できた。  ついに蝦高を発見する。頑丈な鉄格子とコンクリートで囲まれた独房の中で、一人ベッドに寝ていた。  ヒデオは独房の扉を魔法で解錠し、入手していたスマホで、蝦高の顔を確認する。 「ビンゴ」  40代のボサボサ髪の男性。報道されていた写真よりも痩せていたが、憎たらしい顔は蝦高で間違いなかった。
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