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本当ならば現代に戻ってこられたことを喜ぶべきなのだろうが、ヒデオはまったく嬉しくなかった。
会いたい人はいない。むしろ会いたくなかった。
自分が死んでから数日後の世界ならば、一緒に住んでいた両親と妹も生きているはずだ。おそらく自宅近くの式場では自分の葬式が行われていて、参列しているかもしれない。
「今さらどういう顔して会えっていうんだよ……」
転生をした自分は文字通り、顔が違う。家族に会ったところで認識することはできないだろう。
そして、自分を死なす原因を作ったのは両親だった。
会いたいか会いたくないかで言えば、会いたくない。しかし、知りたいか知りたくないかでは、知りたかった。
ここは本当に自分が死んだ世界なのか。その世界で、家族はどのように生きているのか。そして、自分の死をどう思っているのか。
ヒデオは飛翔魔法と隠密魔法を使い、東京の空をさまよっていたが、気づけば自分の住んでいた街に移動していた。
自分に言い訳をするのであれば、異世界から現代に戻った自分にできるのは、これぐらいしかないのだ。唯一、今の自分と現代をつなぐ行為だった。
自分の葬式はすぐに見つけることができた。
式場には「狩野家式場」「故狩野英雄儀葬儀式場」などの書かれた看板が置かれている。
「コントかよ……」
まさか自分の葬式を見る羽目になるとは思わなかった。自分は確かに生きている。なのにこの世界では死んだことになっているとは、奇妙なものだった。
祭壇に飾られた写真もかつての自分だった。スーツにネクタイをした30代男性。18年前は毎日見た、かつての顔だ。
棺の中には自分の体が入っているのだろうが、とても信じられなかった。近くまでいって顔を見る勇気はない。
式場にはかつての家族も来ていた。これもまた18年ぶりの出会いだが、彼らはまるで年を取っていなかった。自分の記憶にある姿のままである。
「どうせ俺が死んで清々してるんだろ」
仕事をやめて何年も家に引きこもっていた自分を、家族が毛嫌いしていたのを知っている。いつ仕事に復帰するのか、もしくはいつ家を出て行くのか。迷惑そうに話していたのを覚えていた。
時には家族に暴力も振るった。今ではそんな行いを恥じているが、当時の自分は精神的に追い詰められ、社会不適合者であり、嫌われるべき存在だったのだ。
けれど、目の前で起きたことは想像と大きく異なった。
その場にいる人間は誰もが暗く落ち込んでいて、ヒデオの父も母も、そして妹も泣いていた。
「どうして……」
ヒデオにはまるで意味が分からなかった。
それぞれぐずり泣き、今にも崩れてしまいそうなほどで、参列者を前にした演技とは思えなかった。
家族の恥でお荷物であり、不和のもとである自分がマンションのベランダから飛び降りた。それは家族にとって喜ばしいことではなかったのか。
ヒデオは転生した当初、どうして苦しんでいる自分の子を気遣ってくれなかったのかと、家族のことが腹立たしくて仕方なかった。しかしそれから18年も経ち、新たな家族や仲間に恵まれ、充実した日々を過ごすことで、次第に薄れていき、今では何も思っていない。
それはかつて、父がベッドで寝ていたヒデオに包丁を向けたこともだ。
「ヒイロ……。お前を殺して、お父さんも死ぬ」
ヒイロとはヒデオの本名だ。狩野英雄。英雄と書いてヒーローと読み、住民票にヒイロと記載されている。
人前でヒーローと呼ばれるのは嫌で、普段から「ヒデオ」を名乗っていた。異世界では新たな両親にスティーブと名をつけられたが、アイデンティティーとして、また現代の記憶を忘れぬよう、冒険の仲間にはヒデオと呼んでもらっていた。
当時、そんなセリフを実の父に言われるとは思っていなかった。
狼狽したヒデオはベランダに逃げた。そして父が追ってくると、その身を自ら投げ出し、この世を去ることとなったのだ。
社会の敗者となり、惨めな思いをして、さらに肉親にまで不要とされたらこの世界に生きている意味がない。ヒデオは迷うことがなかった。
そうした18年前の記憶を思い起こし、ただただ嘆き悲しむ家族を見ていられなくなる。
「……そうだよな。誰も実の子を殺したくないよな……。そこまで追い詰めてしまったのは……俺か」
子の苦しみは家族の苦しみ。父はヒデオが堕ちていく様を見ていられなかったのだろう。これ以上、ヒデオが苦しむならばと自らの手を汚す覚悟をしたのだ。
結果的には救われた。
ヒデオは現世の苦しみから解き放たれ、異世界に新たな生を受けた。そして仲間たちと魔王軍と戦い、人々に賞賛され、勇者の称号を得ることになる。
「ごめんな……父さん、母さん、千絵。兄ちゃんは弱かったんだ。今みたいにもっと強ければ、みんなに迷惑をかけずに済んだのに……」
改めて「英雄」という名前が重く感じられる。父と母が何を思ってこの名前をつけたかなんて聞かなくても分かる。
「ありがとう……。ここではなれなかったけど、向こうでは英雄になれたよ……」
隠密魔法で姿を消したヒデオは、自分の遺影の前で人知れず涙を流した。
異世界で魔王を倒すには至らなかったが、多くの人を助け、最後は大切な仲間たちを守った。両親が十分誇れる活躍をしただろう。
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