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日常
2023年6月24日、日曜日の朝、 守形希海(すがたのぞみ)は両親と朝食を取っていた。
「希海、本当に大丈夫なの? 一人暮らしなんてできるの?」
「その話は何度もしたでしょ。大丈夫だって。これまでも全部やってきたし、料理もお母さんより上手だよ」
「そうかもしれないけど……。わざわざ出て行かなくていいのよ?」
「はいはい、もう決めたことだから」
希海がむげに答えて、会話はそこで終了した。
食卓にはテレビの音だけが流れる。ニュース番組をやっていて、アナウンサーが真剣な面持ちで原稿を読み上げていた。
「続いてのニュースです。アメリカのクロフォード大統領は70億ドルを投じて、人体に秘められたエネルギーを動力にする新技術開発を命じました。実現不可能という野党の激しい反対に対し、大統領は来るべき時代に備えて、アメリカがリードして開発しなければならないと答えました。軍事に転用可能な技術とみられ、その動向に注目が集まります。CMのあとは今日のお天気です」
CMに移ったところで、希海はリモコンを取り、チャンネルを変えた。
「またアニメ? いい加減卒業したら?」
希海は高校三年生。今年で18になる。
母は娘の趣味に文句を言いたいわけではなく、希海をどうしても子供として扱いたいのだ。
「アニメじゃなくて特撮」
希海はめんどくさそうに答える。
子供が見る番組だということは重々承知だが、好きなのだから仕方ない。昔からそれが数少ない楽しみなのだ。
女児向けの変身ヒーローアニメも好きだったが、今は一応卒業している。
「あはは。マスクドファイターかあ。僕も昔は見てたよ。変身して戦うのがかっこいいんだよね」
主人公が変身して悪と戦うヒーローものだ。登場人物と内容を変えて、何十年も放送している長寿コンテンツだ。
「悪を倒すためにその身を投げ出して戦う。なかなかできるものじゃないなあ」
父親がフォローを入れてくれるが、希海は苦笑するだけだった。
変身して戦うのがかっこいいことは同意なのだが、子供番組を解説される気恥ずかしさもあって返答する気になれなかった。
「変身ヒーローねえ、別にいいけど……。それより希海、今日は出かけるんだから早く支度してよ」
「はーい、分かってまーす」
希海は始まった特撮番組に釘付けになり、母のほうを見ることなく返事した。
今日は家族三人で出かけることになっている。これから希海が一人暮らしをするので、家具や家電、日用品などを買いに行くのだ。
一人暮らしは希海が望んだことだ。いや正しくは、気を遣って自らの意思で出て行く形にした、といったほうがいいだろう。
父は本当の父ではなく、母の再婚相手だった。
二人の新たな結婚生活を邪魔したくないと希海は考えたのだ。といっても、義父が嫌いなわけではない。むしろ、母にふさわしい人だと思っていた。
自分の一人暮らしを許して、金銭面でもサポートしてくれるのも彼だ。不満があろうはずがない。
ただ、どうやって接していいのか、距離感が分からないのだ。家にはいづらく、母が幸せならばそれでいいと、希海は一人暮らしを選んだ。
希海は番組を見終わると、服を着替えるために自分の部屋に戻った。
希海は普段から、できるだけ素肌が出ない服を選ぶ。
それは体に傷があるからだ。下着姿になると、あちこちに古い傷が残っているが見える。
実の父親がつけたものだ。ドメスティックバイオレンスがひどく、特に希海が標的となっていた。かつてはアザだらけだったが、今はだいぶマシになっている。
母が父と離婚して、父とは一年以上会っていない。もう二度と会うことはないだろう。裁判所の調停で決まっていることであり、当然希海が父とは会いたくないと思っている。
しかし再び母に危害を加えるようなら、何をしでかすか分からなかった。それぐらいに恐れていて憎んでいた。
当時の生活に比べれば今は天国のようだ。
「お義父さんはある意味、ヒーローだよ」
義父はドメスティックバイオレンスに悩む母の相談に乗り、離婚後も支え続けたのだ。そして今年結婚。
新しい父には感謝しかなく、母を守ってくれることは何よりも嬉しかった。
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