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復讐
ヒデオの心にふつふつと怒りが湧いていた。
それは魔王と人間が血みどろの戦いを繰り広げる異世界でも、そうそう感じないほどの激情だった。
いったい何が自分を、家族を狂わせたのか。
それは明白だ。
自分をむげに扱い、退職に追い込んだ会社の上司。彼と出会わなければ、普通の家庭であり、人生だったのだ。
ヒデオは現代に生きていたころ、新興の上場企業に勤めていた。
インテリジェントシーケンス。一等地にそびえる福永スカイタワーにオフィスを構える会社だ。まだまできたばかりの会社だが、飛ぶ鳥を落とす勢いがあり、その名を聞けば誰もがうらやむだろう。
ヒデオは選ばれ、恵まれたエリート社員であった。そのまま勤務を続ければ、高い給料と名誉を得られただろう。
しかし、その仕事はハードなものだった。ノルマは厳しく、少しでも遅れや未達が生じると激しく叱責された。ヒデオは食らいつこうと睡眠時間を削って業務にあたった。
その厳しさには、社会的地位をなんとしても維持しようという、会社の強い意志があった。一等地にある一流の会社。そこに務めるのは一流社員。けれど新興であるため、歴史と人脈がない。信用を得るために違法すれすれのところで業務を行い、社員を酷使していたのである。
気づくと、ヒデオは会社のある高層ビルまで来ていた。
セキュリティのしっかりした建物で、ビジネスフロアへはIDカードがなければ入れない。しかし、今のヒデオには無意味だった。
魔法で姿を消し、造作もなくゲートを飛び越すことができる。
エレベーターもIDカードがなければ、該当のフロアにはいくことができないが、非常階段は安全を優先するため、どの階にもいくことができる。
ヒデオがいた会社は40階。当時のヒデオが階段を使うことはなかったが、今の体ならば問題なく登ることができる。
魔法で身体能力を向上させ、一気に階段を駆け上がっていく。
「アナログだな……」
異世界の冒険を思い出していた。
魔法の発達世界で、科学よりも便利なところは多いのに、城やダンジョンはこうして長い階段があったものだった。
40階につくと、会社の受付があり、美人な女性社員が愛想のよい顔で来客を迎えていた。壁にはインテリジェントシーケンスのロゴが入っている。
姿を消したまま、かつての上司を探す手もあったが、フロア内も細かく区切られていてそこにもIDカードが必要であるため、どこの部署にいるか分からない人間を探すのは困難だ。
ヒデオは隠密魔法を解き、受付に向かった。
別の社員が反射的に「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれる。しかし次の瞬間には、頬が引きつった。
ヒデオが異世界の格好だからである。
なるべく現代でも通用する服装を選んだが、個性的な人だと思わせるぐらいの特徴は出てしまう。
「狩野ヒ……狩野明夫と申します。壁谷さんはいらっしゃいますか?」
本名と名乗りそうになって、父の名を出した。自分はもう死んでいるのだから、その名は出さないほうがいいだろう。
「アポはございますか?」
受付の女性は不審そうに言う。
「いえ……」
自身の会社も、相手の所属も言わないのだから警戒するのも当然だ。しかし、壁谷が現在どこの部署で何の役職かは分からないし、自分の正体を明かすわけにはいかない。そもそもこのビルでは、アポのない人間はフロアにやってくることもできないのだ。
ヒデオは答えに窮してしまう。
いったん引き返そうかと思ったとき、奥から壁谷が出てくるのが見えた。
忘れるわけがない。インテリぶったメガネに冷徹な目つき。一般サラリーマンとは一桁値段の違う高級スーツ。
その顔を見ると反射的に逃げ出しそうになるが、沸き立つ怒りの感情のほうが上回っていた。
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