復讐

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「あ、ちょっと……」  ヒデオは受付の制止を無視して、壁谷のもとに駆け寄っていた。 「なんだ君は……?」 「狩野明夫。……ヒイロの弟です」  ヒデオはウソをついた。妹はいるが、弟はいない。  当然壁谷は戸惑っていた。アポはないし、相手は変わった格好をしているし、まだあどけなさの残る青年だ。 「……狩野? ヒイロ? すみませんが、記憶にございませんね」 「英雄と書いてヒイロ。三年前、あなたの部下だった男です」  壁谷は少し考えて答えた。 「ああ……! あいつか。恥ずかしい名前だったから覚えている」  何も変わっていない……。  ヒデオは失望した。親族だと名乗っているのにこの発言だ。ヒデオを人間だと思っていないから、その親族にも敬意を払う必要はないと、深層心理でそう考えているのだ。 「あの負け犬だろう? 名前負けとはこのことだ。それでその弟が何の用だ? 私は忙しいのだよ」 「兄が死にました。会社をやめたあと鬱になり、ベランダから飛び降りて」  むかつく壁谷に少しでも罪悪感を与えられればと、自分の死にまつわる真実を伝えた。  だが壁谷は鼻で笑った。 「はっ。自殺? あいつらしい死に方だな。それはご愁傷様でしたな。では私はこれで」 「待てよ!!」  ヒデオは立ち去ろうとする壁谷の肩をつかんだ。  激しい怒気に受付の女性は体をびくつかせる。 「あんたに人間の心はないのか!」 「なんだ、君は。私に線香を上げにこい、とでも言うのか? 三年も前に会社をやめた人間など赤の他人だ。それに謝罪を受けたいのはこっちのほうだよ。あいつは仕事もできないばかりか会社に損害を与え、勝手にやめていったんだ。刑事告訴しないだけでも、感謝してもらいたいもんだね」 「でたらめを言うな!!」  ヒデオが会社をやめたのは、この壁谷と揉めたからだ。  壁谷が業務上避けられなかった損失をヒデオのせいだと言い放ち、わざと会社に損害を与えるために行ったと経営者に報告したのである。  当然事実無根だ。壁谷は転嫁して、この損失は自分の責任ではなく、人の積極的な悪意は阻止しようがなかったと主張した。  ヒデオはできる限りの弁明をしたが、やってないことなど証明できるはずもなく、水掛け論になり、経営者は平社員よりも優秀な部長の意見を受け入れた。  ヒデオは自主退職をうながされ、どれだけ人を恨み、会社を呪ったかは言うまでもない。その後、精神的に追い詰められ統合失調症となり、3年間引きこもることになった。 「そんなくだらない用で難癖をつけに会社に乗り込んでくるとは、弟までも非常識だ。いったいどんな教育を受けたらこんなことになるのやら。親の顔を見てみたいもんだ。いや、親も同類か。蛙の子は蛙。ゴミの親はゴミだ」  そう言い放つと壁谷は、ヒデオを押しのけてエレベーターホールへ向かっていく。 「……待てよ。俺のことはいい、どうせ何の役に立たないゴミだ。だが、親の悪口はやめろ!!」  気づけば手には剣を握っていた。  魔王には歯が立たなかったが、巨大なトロールをも一撃で両断できるほどの剣だ。魔法に長けたエルフの技術が使われ、異世界最強クラスといって差し支えない。 「あ……」  次の瞬間には、壁谷の腹部に突き刺さっていた。 「消えろォォォ!!!」  全身に魔力が稲妻のように駆け巡る。  魔力は剣に集まっていき、光の束となって放出された。  光は一瞬にして周囲のものを包み込む。  次の瞬間には、ヒデオの前にあった物質がすべて消失していた。  人物はおろか、壁もが消え去り、見晴らしのよくなった40階のフロアは青々としていた。
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