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ここはどこだ?
真っ暗な闇の中に僕はいた。
辺りを見渡すと光の指す場所がある。きっとあそこが出口に違いない。
僕は光に向かって全力で走った。何だか走ってばっかりだと思ったその時、1つのシルエットが浮かんだ。
「これは…コウモリ!?」
それはだんだんとこちらへ近付いて来る。あれは人の顔だ。顔が唇を尖らせてキス顔で向かってきた。
逃げようとしたが急に地面が無くなり、僕は落下して行く。
「助けてぇーーーー!」
ゴンッ!
鈍い痛みとともに僕は目が覚めた。どうやらここは自分の部屋で、ベッドから落ちて頭を打ったようだ。
「どうしたの?朝から助けてーなんて叫んで。怖い夢でもみたの?」
優しい声の持ち主。そこには僕の母さんが立っていて、ドラキュラなんていう架空の存在はおらず、いつも通りの日常そのものだった。
「よかった。あれは全部夢だったんだ。」
「じゃあノビちゃん。そろそろママはパートに行くからね。朝ごはんは用意したから昼は適当に食べてね」
「分かった。行ってらっしゃい」
母さんはとても優しい。死んだ父さんの財産で一生遊んで暮らせるのに、それではダメだとパートに週6で出ている真面目な人だ。
そして何より、美人だ。
僕はそんな母さんに似て生まれてきていれば、もっと違う人生だったかもしれないな。
「あ、それとドラちゃんの分もちゃんとあるからね。そろそろ起こして一緒にご飯食べなさいね」
「はいはい…ん?待って。ドラちゃんて誰?」
「や~ねぇ。まだ寝ぼけてるの?ドラキュラのドラちゃんに決まってるでしょ。もうママ行くね」
そう言って母さんは行ってしまった。
薄々気づいてはいたが信じたくはなかった。さっきから父さんの部屋から物凄いイビキのような音がしていたので、なにかいるとは思っていたが…
やはりいたか。
確かに母さんはドラキュラと言ったよな。聞き間違えじゃない。奴は本当に存在してしまうのか?
僕は恐る恐るその轟音響く部屋の扉を開けた。
大きくなってからは近寄らなかった父さんの部屋は子供の頃と変わっていない。
ベッドには誰も寝ていないが、近くに黒い十字架の入った棺桶が1つ不自然に置いてあった。明らかにその中からイビキ音は聞こえてくる。
僕は棺をそっと叩いてみた。
「あのードラキュラさんいますかー?」
反応はない。僕は今度は強く棺を叩いてみた。
「いたら返事してください!」
中からのイビキ音は止まらない。
僕は我慢できなくなり思いきって棺を勢いよく開けた。すると中から大量のコウモリが飛び出してきた。
「わぁなんだよこれ!」
僕は近くにあった枕を思いっきり振り回した。コウモリは瞬く間に外へ出ていったが、棺の中には誰もおらずスピーカーらしきものが1つ置いてあった。どうやらそこからイビキ音が出ているようだ。
「オハヨウゴザィマ~ス」
「わっ」
振り返るとそこには昨日のドラキュラが立っていたのだか、少し縮んだような?
「びっくりさせないでくださいよ!それよりも何ですかこの棺桶やらコウモリやらは!」
「いやね、近頃は物騒だし防犯もかねてね。フェイクである」
「こんなの迷惑なんでもうやめてください。それと何か昨日より縮んでません?」
ドラキュラはニッコリ笑って答えた。
「よく気がついたね。確かに少し縮んだ。ドラキュラは夜が本番でね、朝は力が弱まって縮むんだよ。ちなみに人間は朝は膨らむようだがね」
朝から下ネタはやめましょう。
「それよりもここだけの話なのだが、私は追われている身でね。セキュリティは万全にしておきたいのだよ」
追われているって誰に?お前の方が物騒だろ。
「そもそも君が棺を開けなければこんなことにはなっていないのだよ」
「いや開けるでしょ普通。絶対そこに寝てると思うし」
ドラキュラはため息をついてあきれた顔をして言った。
「君は何も見えていないな。いやむしろ見えているものしか見ていない。」
「どういう意味ですか?」
ドラキュラは目を見開いて言った。
「君はそこに棺があったから開けた、私がドラキュラだから余計にそこに入っているものだと決めつけて」
確かに絶対中で寝ていると決めつけてはいたが、そうは言って普通だったらそう思うだろ。
「君は普通はと言っていたが、それは君の中の普通であって"全世界の普通"ではない!」
なんだよ"全世界の普通"って?
「例えばママが用意してくれた朝食だが、とても美味しそうな焼き鮭に漬物、お味噌汁は素晴らしい!そして美人だ」
「何か不満でもあるんですか?」
「なぜ飲み物がトマトジュースなのだ?」
「は?」
「ドラキュラだからといって、トマトジュースはいかがなものでしょう?私は朝は牛乳と決めているのだよ。わかるかね、ミ・ル・クだよ」
「はあ」
「それにこのメニューだったら和でしょ?普通はお茶ではないのか?」
「はあ~?」
それはあんたの普通と違うの?
「それとさっき棺から出てきたのはコウモリではない」
「え!?まさかそれはないでしょ。明らかにコウモリだった!」
「正解!よくぞ見極めた。あれは紛れもないコウモリだ。だが少しは違ったかもと思ったのではないかな?」
いや思ってないし。
「とにかく個人の先入観や固定概念、そして…そんなようなものを持っていては、本当の真実なんてものは一向に見えてこないと言うことなのだよ」
何かいいこと言ってる風だけど、全く説得力がない。このドラキュラ本当に大丈夫なのかなあ。
母さんは何でこんな奴雇ったのだろう。
「しまった!!」
「今度は何ですか!?」
「朝食が冷めてしまうではないか。早く食べねば」
「はぁ~」
なんだかため息が出たが、とにかく朝食を早く食べようという意見は合致したので、朝食を食べることにした。
「これは、冷めてもなかなかいけるではないか」
「はぁ~」
僕はため息をつきながらコップに牛乳を注ごうとしたが、手を滑らせて牛乳を落としそうになってしまった。
「あぶない!」
その瞬間僕はドラキュラがこちらを指差しているのが見えたのだったが、もう時すでに遅し…
「飛べ!」
ドンッと物凄い衝撃波とともに、部屋の窓を突き破り僕はまたしても25階から転落したのだった。
その後のことは思い出したくもないが、僕は人生2度目のバンジーを経験し、さらに2度目の接吻を経験して、めでたくキス戻りを果たしたのだった。
ドラキュラが住み込んでまだ1日目。
初日の朝からこんなんで、これから本当に大丈夫なのだろうか。
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