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翌朝、目覚めると彼氏が猫になりきっていた。横で眠る彼氏は猫のように丸まって眠っている。すーすーと寝息を立て、尻尾を動かすように僅かに尾骶骨を揺らす姿は猫そのもの。あたしが優しく頭を撫でると、それに合わせて頭をぐいぐいと上げた後、首をぶんぶんと横に振り、あたしの手を頭の動きのみで払った。本物の寝ている猫は頭を撫でるとこんな風に手を払う。案外、見事な役作りじゃないかと思った瞬間、彼氏はパチリと両目を開けた。
「おはよ」
あたしが挨拶をすると彼氏は大欠伸をし、背中をエビのようにくるっと丸めた伸びを行った。猫の伸びと言えばこれである。そして四つん這いのまま立ち上がり、そのままヒョイと音もなくベッドの上から飛び降りた。
「もう、本格的ね。待ってて、ご飯準備するから」
しかし、彼氏はその言葉を無視して側対歩でスタスタと歩いて行く。彼氏はトイレのドアの前でちょこんと座り、長い声で鳴き始めた。
「にゃあああああー」
「ん? どうしたの?」
「にゃあああああー」
彼氏はトイレのドアをガリガリと引っ掻き始めた。本格的に猫になりきるためにここまでするのか。あたしは感心と呆れを覚えながらトイレのドアを開けた。その瞬間、彼氏は四つん這いのままスルリとトイレの中に入り込み、手をくいくいと押してドアを閉めた。
「ま、流石にズボンとパンツ下ろす時ぐらいは人間に戻るか」
数十秒後、水を流す音が聞こえてきた。それから間もなくに長い声が聞こえてきた。
「にゃあああああー」
あたしは彼氏の意図を察し、トイレのドアを開けた。そこにいたのは二足歩行の人間に戻った彼氏だった。排泄の際に「カット」が入り、猫の仮面を脱ぎ捨てたのだ。
「ま、こんな感じで役作りしていくからよろしく」
「あ…… うん……」
ガラスの仮面みたいな話になってきた。あたしは役者とはこんなものだろうと思い、彼氏の「ねこごっこ」に付き合うことになってしまった。
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