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スーツ
翌日、久しぶりに彼方と出かけスーツやネクタイ、靴に鞄と、入学式や大学に必要なものを揃えていく。靴や鞄はすぐに決まったけれど、スーツとネクタイはとても迷った。思った通り紺色は彼方によく似合っていたし、グレーのスーツは使い勝手が良さそう。それに、少し明るめのものは若々しくて入学式にはぴったりに思えた。何度も試着させては一歩離れて眺める。そのたびにこれが一番いい、と思えたのだから、試着の数だけ迷ってしまう。
悩むわたしに、彼方が苦笑しながら『これはどうかな?』と両手を広げる。そのとき着ていた濃紺のスーツは細身の体をよりスラリと見せて、彼方にとてもよく似合っていた。さらに細くストライプの入った紺色のネクタイには少しの遊び心があって、大学生にはぴったりだ。見れば見るほどこれが一番いいと思った。
支払いを済ませて外に出ると、彼方は少し疲れたように小さくため息をついていた。時計を見ると正午をだいぶ過ぎている。どうやら夢中になって時間を忘れていたようで、『ご飯にしようか』と言うと、彼方はほっとしたように笑って頷いた。
「ありがとう、母さん」
レストランで料理が来るのを待っている間に彼方がそう言った。
「いいのよ。スーツ、いいのがあって良かったわ。入学式が楽しみね」
濃紺のスーツで大学の正門前に立つ彼方は、想像するだけで誇らしい。もうすぐそんな姿が現実に見れるのだと思うと、身震いするほど楽しみだった。
さらにその先の四年の大学生活を経て卒業、就職と、大きな分岐点が続く、彼方にとって大きな四年だ。
でもね、彼方。これまで通り、わたしがついていてあげるから。大丈夫だからね。
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