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優しい夫婦
散々泣いて、泣いて、泣き止むまでダリ夫婦は傍に居てくれた。
この夫婦はそれぞれ、ダリ、シエルといった。
この森の麓の小さな村・レコッド村で娘と三人、八百屋を営んでいるそうだ。
少し落ち着きを取り戻し、ちょっとだけ恥ずかしくなってきた頃、おもむろにダリは俺に教えてくれた。
「さて、…俺たちの質問に答えられるくらいには落ち着いたか?」
「ズズッ…あ、はい…ズビマ゛ゼン゛」
人前でこんなに泣いたのいつぶりだろう…。
「じゃあまず…名前を教えてくれないか?」
「橘伊織といいます。伊織が名前」
「イオリ、か。聞いたことない響きだが…イオリはどこから来たんだ?」
「日本です。えっと…ジャパン?」
「ニホン?ジャパン?ふたつの国から…?それはどういうことだ…?」
ダリ夫婦は二人顔を見合わせて頭にはてなマークを浮かばせる。
伝わらないのか。
やっぱり『日本』は通じない…ここは俺がいた世界と違う、と改めて突きつけられる。
「ジャパンっていうのは、日本を別の言語で表した言い方で…とにかく、日本っていう島国から来ました」
「島国?おかしいな、ここら辺は海なんかなかったよな、シエル?」
「そうねぇ、私だって今まで生きてきて海に行ったことなんて数えるくらいしかなかったし、すごく遠かった記憶があるわ」
という事は、海を介して転送されたわけでもないらしい…いや、転送に媒体がいるのかは分からないが。
「ともかく、今夜は俺の家に泊まれ。もうじき暗くなるし、心配だ」
「そうね。歓迎するわ。それに…」
ミアさんの指先が俺の頭に触れた。
俺だって男子高校生、他人、ましてや異性に触れられるのは慣れておらず、いきなりの事で俺の肩が跳ねてしまう。
「この髪色…それにこの瞳の色、商人たちに見つかったら大変だわ」
「まぁ、確かにな」
「…?」
俺の髪色?瞳の色?
日本人らしい、黒髪黒目なんだが…。
「イオリの世界では馴染みが無いかもしれないが、俺たちの世界では、黒髪はあんまりいない…というか、今まで見たことがない」
「珍しい…んですか?」
「あぁ、だから奴隷商人に見つかると厄介なんだよ。商人はいつと色んな用途の奴隷を欲しているからな。ここは商人たちがよく通る近道なんだ」
なるほど…。
大体は分かったけど、なんにしろ今までの人生で『奴隷』という単語に縁のない生活を送ってたからあんまりピンと来ない。
「とりあえず、ほら、うち帰るぞ。商人が通らなくても、ここらへんは日が沈むとクマやらが出てくるんだ」
え、こわ…。
俺の家は都市部ではなかったが、田舎でもなかったから、野生動物が出没とか、そういうの全然わからん…。
状況は掴めたが現実を認めたくない。
とりあえず今はここにいても危険しかないのなら、一旦ダリ夫婦のお世話になろう。
「わかりました。ありがとうございます」
ぺこ、と頭を下げると、ダリ夫婦は優しげな笑顔を返してくれた。
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