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なんだ、ここ
「あら肥料少ないわね…買い置きなかったかしら」
「確かあった。取ってくる」
「ありがとう〜」
小さな花屋を経営している実家、そこの一人息子の俺【橘伊織】は立ち上がる。
作業服に軍手という俺と同じ格好をした母の申し訳なさそうに笑った顔に親指を突き出して温室から出た。
普段通りの土曜日、昼下がり。
休日は家の店の手伝いをするのが俺の中での決まりだ。
植物は好きだし、一から育てて小さな芽からどんどん成長していく様を見るのも楽しい。
将来は俺がこの店を継ぐと勝手に思っている。
母さんは『無理しなくてもいいのよ、この店は母さんと父さんが好きでしてる事だから』と言うが俺もこの店が好きだ。
それに、珍しい植物を集めに世界中を旅していて普段家にいない父さんの代わりに、俺が母さんを支えなければ。
温室から出てしばらく歩くと、買い置きしている道具をしまっている物置にたどり着く。
肥料を置いているのは物置の奥だ。
母さんの心配は杞憂で、肥料はまだ沢山あった。
そのうちの一つを抱える。
いくら男子高校生とはいえ肥料の詰まった袋はひとつでも重い。母さんの代わりに来てよかった。母さんはたくましいが、もうそんなに無理できる年齢じゃないしな。
物置を出ようとすると、開け放したはずの扉が閉まっていた。
おかしいな、そのままにしといたはずなんだけど。風で閉じたのか?
肥料を地面に置いて扉を開ける。
……森、だった。
霧が立ち込め、緑がうっそうとした、森。
確かに俺は、家の物置から出てきたはずで。
物置から出ると、廊下に出る。
思わず足を踏み入れる。
なんだ、ここ。
ジャングル…では無いと思う。実際に見たことは無いが、教科書で見たものとは少し違う。
林でもない。森だ。そして、これはただの勘だが、かなり奥の方だと思う。
「え〜〜……っと…」
頭が回らない。
そりゃそうだ、こんなこと現実でありうると思わない。
とりあえず一旦戻って、もっかい扉開けよう。
そう思って、違和感を感じた。
嫌な予感もした。
振り返る。
そこにはただ、森があるだけだった。
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