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夫婦
草むらの中から出てきたのは、頭の中で思い描いていた獰猛な動物などではなく、若い夫婦だった。
あちらも、こっちに動物がいると思っていたようで、お互い拍子抜けした雰囲気が漂う。
「でもフラン、こんな山奥に子供が、手ぶらで来る事ってあるか?」
「普通に考えたらないけれど…それにほら、見て…あの洋服初めて見たわ」
呆けている俺を置いて、俺を眺めながらお互い話し出す夫婦。
男性の方は体つきがすごくしっかりしていて、身長もものすごく大きい。2mはあるんじゃないかと思う。見た目に圧は感じるものの、仕草や語り口調からは穏やかさが伺えた。
女性の方は小柄で、男性の隣にいるから実際よりもさらに小さく見える。片手を片頬に置いて、特に慌てた様子もない。
この人達は、誰だ。
ここで、何をしていたんだろう。
立ち居振る舞いから、悪い人ではないことは直感的に直感的に感じ取ってはいたが、それでも、見知らぬ土地で見知らぬ人に出会うのは怖い。
体の震えと冷や汗が止まらなかった。
とりあえず動物に食い殺されることはないと分かった事への安堵、相手が人間だったことに対しての拍子抜け、けれど何も分からない状況は変わっていないことへの恐怖から、思わず腰が抜け座り込んでしまった。
そんな俺を、夫婦はびっくりした顔で見つめる。
「あらあらどうしたの、驚かせちゃったかしら…」
女性の方が俺に駆け寄る。
距離をとりたい、でも、とれない。
女性は近くまで来ると、俺に視線を合わせて、ニコッと笑った。
「あなた、ここでどうしたの?何か困ってるの?」
…答えられるわけないじゃないか、分からないんだから。
ここは異世界なのか?だとしたらますます何も言えない。そんなこと、誰も信じてくれない。
「んん…怖がらせちゃってる?ごめんなさいね」
ふわ、
彼女の手のひらが、俺の頭に乗った。
そのままゆっくりと撫でられる。
「…あ、」
唐突に、ぽとり、涙が一粒目からこぼれ落ちる。
それを皮切りに、次から次へ、大粒の雫が流れて止まらない。
なんで泣いているのか、俺は分からなかった。
「あらあら…」
女性はポケットからハンカチを取り出して、優しく俺の頬を伝う涙を拭う。
背中に手のひらをまわされて、優しくさすられる。
いつの間にかそばに寄ってきていた男性が、俺の頭に乗っている女性の手にさらに自身の手のひらを重ねた。
「…何があったのか、分からないが。泣きたい時は泣けばいいと思うぞ。こんな山奥、俺らしかいない」
「……ええ、知らない人でごめんなさいけど、あなたを無視して置いていくことは出来ないの」
彼女は俺を優しく抱きしめる。
彼の手のひらに込められる力が強くなる。
「……う、うぅ…っ」
知らない土地、知らない人、分からないこの状況。
とにかく分からなくて、不安が胸に詰まる。
だがこの時だけは、夫婦の優しさと愛を存分に受け取って、大声で泣くことが出来たんだ。
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