夜の杜と賢者の筆

4/10
前へ
/10ページ
次へ
 老人がケタケタと下品な顔で笑い始めた。 「いいねえ、お前さん見込みがあるよ。この夜の杜にふさわしい人物じゃ。よかろう、賢者の筆の在処(ありか)なら知っている。案内してやろう。ところで名はなんと言う?」 「名前ですか? アシュランです」 「まさに修羅を生きる者にふさわしい名だな。気に入ったぞ。ただし、賢者の筆を手に入れるには、それなりの試練が必要じゃ」 「私の目指すところに比べれば、他愛もないこと」 「うむ、まずなあ、ここには道具がない。呪文を書く道具を作れ」 「それこそ賢者の筆ではないのですか?」 「お前はまだよくわかってないのう。それは物ではない、筆に憑依するものなのだ」 「その魔力が筆に吹き込まれるということですね。あなたが持っている……羽根ペンはお借りできないですか?」 「ふざけるな! これは何もないこの場所で、やっと探し当てた不死鳥の羽根で造った(わし)だけの希少な筆だ。お前などに触らせてやるものか」  老人はペンを(ふところ)に隠すと、ヒッヒッと薄気味悪く笑った。 「それでは何を使って、筆を作ればよいのでしょう?」 「そんなことは知らん、自分で考えろ。何でもいい、枝木でも石ころでも、好きなものを用意しろ」 「わかりました。ところで老人、あなたは何故ここにいるのですか?」 「儂か? 儂はなあ、白魔導士だったのだが、大昔の魔法大戦でお前ら黒魔導士の罠に(はま)って、ここに落とされた。今となってはどうでもよいことだがな」 「賢者の筆を見つけることはできたのですか?」 「ああ、ここで生活しているうちに発見した。だからお前さんにも教えることができる」 「それはあなたが今持っている羽根ペンに憑依しているのでは……?」  もしそうだとしたら、この老人から羽根ペンを取り上げればよいだけのこと。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加