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洞穴に戻ろうと振り向くと、そこには霞んだ霧が亡霊のように漂う陰湿な闇が広がっていた。
「たしか……左から来たはずよね」
左のほうに進んでいくが、洞穴の灯りは見つからない。もう一度右のほうに進んでみる。
辺りはただ苦しみに皺を寄せた形相に似た木肌の樹木が続くばかりで、来た道に戻ることができなかった。
「どうやら道に迷ったようね」
ただ立ち尽くしていてもしかたがないので、ほうぼうを歩いて回る。疲れ果て座り込んでいるうちに眠気がよぎり、意識を失った――
「おい、大丈夫か?」
声が聞こえた、目を開けるとランプを持った老人が私を見下ろしていた。
「帰ってこないから、道に迷ったんだろうと思ってな。迎えに来てやったぞ」
起き上がると頭を押さえ、これまでの記憶を辿ろうとした。
「たしか、筆の材料を探しに森に入って……私の場所がよくわかりましたね」
「んん? そうだな、ここに来るやつは大体同じところに行くからな。見当はついてたぞ」
老人はまたキヒヒと不気味な笑いを浮かべた。
「ありがとう、他にもここを訪れた魔創士はいるんですね。その人達はどこに行ったのですか?」
「すぐそこにいるよ」
「え……どこに?」
「お前さんが手に持っているやつだ」自分がしっかりと握った白い棒を眺めた。
「これって」
「骨だよ。みんな死んだんだ。石ころがたくさん積んであったろ? あれは墓じゃ」
「ひっ」私は急いでその棒を草むらに放り投げた。
「おいおい、粗末に扱うなよ。それにな、賢者の筆を憑依させるには最高の素材だぞ。他にいいものはなかっただろう?」
私は考えた。究極の魔導書を創るためには手段を選ばない、その覚悟でここにやって来た。それなら……
「これが一番ということね?」
「ああ、魂を宿すようなものだからな。人間の一部であったもののほうが都合がいい」
「わかりました。それではこれを使いましょう」
私はもう一度棒を握り締め、立ち上がった。歩き出すと洞穴の灯りがすぐ見えた。たった数十歩の距離にいたのに、私は気づいていなかったようだ。
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