夜の杜と賢者の筆

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「アシュラン……お前さんは誰のために魔導書を創っておるんだ?」 「誰? 誰でもない、私はただ誰もが感服する完璧な魔導書を創り上げる。それが黒魔術であり、魔創士の使命だからよ」 「そうだよなあ、儂もそう思う。ならば読ませる相手など必要ないではないか。自分の理想の呪術を描き、自分で称賛していればよいではないか」 「ふざけないで、それでは意味がないのよ。昼の庭の民に私の魔導書を読ませて、これが本当の魔創術だということをわからせてやるの。そしてそれを読み解く力のない者は、魔創士の資質がないから筆を折るべきなのよ」 「なぜそこまでして魔導書にこだわる?」 「それは……私の理念を認めさせるため。子供の頃から私の話すことに耳を傾けてくれる魔法使いは一人もいなかった。本当に正しいことが何なのか、理解しようとしてくれない。魔導書だけが私の考えを認めてくれる唯一の存在だった。強者こそ最大の真理であるということを」 「そのために昼の庭に戻るのか?」 「そうよ、奇抜なだけで粗悪な魔導書が幅を利かす前にね。嘘なんてお見通しよ、さあ昼の庭に帰る道を教えなさい。さもないと……」  私は尖った棒先を老人に向けた。こんな嘘つき老人に構っている暇はない、私には魔法世界の歴史を変えるという使命があるから。 「キシシ、ばれちまったか。実はな、あーっと……池の反対側に朝の斜塔というものがある。その塔の頂上から昼の庭に戻れるようになっているんじゃ」 「ほらね、その塔まで案内しなさい」 「ちょっと待ってくれるか? 道を思い出すから」  老人は机に向かって、羽根ペンを揺らしていた。
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