始まり

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始まり

 「霜月くん、何で私が何をしようとしているのか、分かったの?」  なおも、雨は降り注ぐ。  霜月は、そんな不穏な空を眺めながら何かを考えている様子だったが、やがて出雲の声にこちらを向いた。 「君が、単純だから」 「‥‥‥え?」 あまりに衝撃的な返答に、出雲は耳を疑った。 「出雲みのりは、単純な人間。だから、何を考えているかは分かる」 「そ、そんなに単純?」 「うん」 「本当?」 「うん」  いつまで問い詰めても、そんな言葉しか返ってこないので、『単純』という言葉を仕方なく受け止めることにした。 「それで、事件のことなんだけど。どう思う?」  言うまでもないが、前述した『とある騒動』とは、この募金箱のお金が見事に消え失せてしまった事件の事である。  集計が終わり成田が帰ったあとも、出雲は少し教室内を探してみたのだが、やはりあったはずのお金はどこにも見当たらなかった。  「学習室の鍵は、本当に施錠してあったの?」 「うん、絶対閉めた」 「職員室に返却してから、その鍵を誰かが使った?」 「それは、分からない。でも、仮に誰かが鍵を盗んだとしても、お金を盗めたはずがない」 「なんで?」 「お金は募金箱に入っていたから。しかも、貯金箱みたいに、箱から簡単にお金を取り出せないようになってるの。せっかく募金してくれたお金を失くしてしまったら、一大事でしょ?」  しかし実際、お金は無くなってしまった。 「放課後、教室に入ったとき、鍵は閉まっていた?」 「ドアの鍵もかかってたし、窓もクレセント錠がしっかりかかってた。つまりは、密室ね」  学習室は一階にあるものの、窓には内側から鍵がかかっていたためそこから侵入することは出来ない。さらにドアの鍵も容易には手に入れられないのだから、この状況は完全な密室と言っていいはずだ。  しかも、閉められた教室と封じられた募金箱、二重の密室である。 「‥‥‥」  ふと霜月の方を見ると、彼は考え事をするように黙りこくっている。 「何か、思いついたの?」 「いや、別に。さっき、出雲みのりは『募金してくれたお金』って言った?」 「いつの話?」 「小説の中なら、四個くらい前の吹き出し」  ますます分からなくなってくるが、とりあえず言ったということにしておこう。 「その言葉、おかしい」 「え?」 「募金とは『お金を募る』ことだから、募金するのは運営側の人だよ。逆にお金を寄付することは、献金という。だから、さっきの出雲みのりの発言を訂正すると、『献金してくれたお金』になる。 だけど、こういう間違いって案外多い気がする。例えば『課金』が良い例で、課金とは本来『お金を課す』ことだから——」 「ああ、もう分かった!」どうやら、彼の変なスイッチを押してしまったらしい。「あと、私のことをフルネームで呼ぶの、やめてくれない?」 「なんて呼べばいい?」  霜月は相変わらずの無表情で訊ねる。  しかし、いざそう訊かれたら困る。 「‥‥‥普通に、出雲とか?」 「イヅモ‥‥‥」  霜月はどこか釈然としない様子だったが、ようやく納得した様子でもう一度「イヅモ」と呟いた。  やはり、彼が学年一の頭脳を持つとは思えなかった。
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