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後日談
「昨日は、マジでごめん!」
「いやいや、大丈夫だよ」
麻希のショートカットの髪が揺れた。
「あのときは、何が善で何が悪なのか、分からなくなってた。実はお父さんが——」
「そんなこと無理して言わなくてもいいよ」出雲は、何やら彼女がお金を盗んだ動機を打ち明けようとしてきたので、必死で止めた。「誰にだって、悩みがあるのが当たり前なんだから」
「え‥‥‥優しい!」
麻希は出雲に思い切りはハグしてきた。こんな猛暑日、しかも人通りの多い廊下で。やはり暑ぐるしさに耐え入れず、数秒で麻希を押しのけた。
「暑ぐるしいって!」
「あ、ごめん」いたずらっぽく微笑んでから、麻希はポケットから何かを取り出した。「これ、霜月に返しておいて」
それは、表に昭和六十一年と印字された、十円玉だった。
「なんでいつも私を経由するわけ。自分で渡してきなよ」
「だって‥‥‥」
「だってじゃない! 勇気出して」
根は明るいが、麻希は意外と臆病なところがある。簡潔に言ってしまうと、よく人見知りをする。
「わ、分かった」
やがて麻希は、申し訳程度の声でそう言った。
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