いつか僕を抱いてください、安藤さん

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いつか僕を抱いてください、安藤さん

*安藤視点の後日談です。 「でさー、聡二さんってば俺の事『可愛い』とか言うの。なんかさー、そう言って笑う聡二さんの方が可愛くて」  ふふ、と笑いながらカウンターの隣の席に座っている金丸がビールジョッキを傾ける。それを横目で見ながら安藤は、ふーん、と答え、今テーブルに運ばれてきたばかりのラーメンサラダに箸を伸ばした。野菜サラダに中華麺が乗っているそのメニューは金丸と飲む時には必ず頼む定番メニューだ。  今日は久々に二人で飲みに来ている。あんな事があって金丸は自分とは二人きりにはなりたがらないだろうと覚悟していたのだが、金丸の態度はあまり変わらなかった。だからこそ、友達として、こうして傍に居ようと思える。 「あ、俺も食べたい。ちゃんとゴマドレで頼んだろうな?」 「頼んだよ。俺は中華ドレ派なんだけどな」 「絶対ゴマだって!」  わかってないな安藤は、と金丸がこちらを見て微笑む。 「……池上課長が言う『可愛い』ってわかるなあ、俺は」 「あ?」  首を傾げこちらを見る金丸に、さっきの話、と答えながら安藤はラーメンサラダを取り皿に盛って金丸の前に置いた。 「課長に可愛いって言われるって。実際可愛いよ、金丸は」  確かに怜悧そうな雰囲気と自信に溢れた態度、それに実際によく切れる頭脳はアルファ然としている。特に最近は池上と居る時に他を寄せ付けない空気を纏うようになった。番を守るアルファの本能なのだろう。  ただ、こうして緊張が解けると素の『金丸匡史』が現れる。明るくて、世間知らずで、人に優しくて、正義感の強い、性別とは関係のない金丸自身であり、安藤が惹かれた金丸だ。そんな金丸はやっぱり可愛いと思うのだ。 「いやでもな……仮にも番のオメガに言われるのは……」 「確かに番って言えばアルファがオメガを守るっていうのが定番だけど、それはあくまで外だけで、二人の時は対等でもいい気がするぞ。特に向こうが年上なんだし」 「まあ……そうか……」  ビールを飲み切り、おかわりを注文する金丸に安藤は眉根を寄せる。 「お前、今日ペース早くね?」 「んー? いや、なんか嬉しくて」  にこにこと笑う金丸の目は既に開いていない。これは寝るパターンかも、と思った時には遅かった。 「……やっぱり寝たか」  箸を握りしめたままカウンターに突っ伏す金丸を見て、安藤は小さくため息を吐いた。  こちらに寝顔を見せる金丸の頭を撫でてから、安藤は金丸のスマホに手を伸ばした。ロックを解除するのは簡単だ。金丸はいつもその時付き合っている相手の誕生日をパスワードにしている。 「課長の誕生日はっと……」  女子社員から何度も聞かされたので覚えている。その四桁を入力するとあっさりロック解除になった。電話の着信履歴からすぐに池上の名前を選び、安藤はそのまま発信する。 『……匡史くん?』  オフの池上の声を聞くのは初めてで、少しいたたまれない思いをしながらも、すみません、と安藤は口を開いた。 「金丸の電話借りてかけてます、安藤です」 『え、あ……安藤くん? ……お疲れ様』  相手が自分と分かると、池上はすぐにオンの声になる。この人も金丸には素の自分を見せているんだなと思うと少し胸の奥が痛んだが、それは横に置いておくことにして、安藤は話し始めた。 「今、金丸と飲んでたんですが、金丸潰れちゃって……引き取ってもらうこと出来ますか?」 『え? あ、うん、もちろん。どこに居るの? すすきの?』 「いや、今日は札幌駅の方です」 『分かったよ。場所、送ってくれる?』 「はい。すみませんが、お願いします」  そう言って安藤は、今度はメッセージアプリを開いて、場所の詳細を送る。そのまま履歴を見てやろうかと思ったが虚しくなりそうなのでそのままスマホの画面を消した。 「……何やってんだろ、俺……」  安藤は金丸と同じようにカウンターに突っ伏して、その寝顔を見つめ、ため息を吐いた。 「ホントだねー。僕なら、このまま拉致してご馳走様コースだよ。お兄さん、そっちのお兄さんのこと、好きなんでしょ?」  そんな声が隣から聞こえ、安藤は体を起こして金丸とは逆隣を振り返った。  そこには白いパーカーに細身のパンツを履いた学生風の男が座っていて、こちらを見つめにっこりと微笑んでいた。顔立ちは可愛らしいが、目の鋭さはどこか狡猾に見える。 「……隣の話聞いてるなんて、暇なのか?」 「そうなんだよ、お兄さん。僕、さっきフラれちゃって。性別なんて関係ない、アルファでもおれがお前を守ってやるからって言ってたのに、番ができたからってメッセだけであっさりとね」 「……それは、大変だったな」  安藤が言うと、隣で男が唇を尖らせる。 「何それー。なんかこう、慰めとかないの?」  男の言葉に若干面倒臭さを感じた安藤は、金丸が頼んで口をつけずに終わったビールと、取り分けただけだったラーメンサラダの皿を彼の前に滑らせた。 「よかったら、どうぞ」 「……これゴマドレじゃん。僕中華派なんだよなあ……ビールじゃなくてハイボールの方が好きだし。ていうかさ、聞いてよ。アルファが抱かれたいとか思っちゃダメなのかなあ?」  文句を言いつつも、彼は目の前のビールジョッキに手を伸ばし、それを傾けた。 「別に、そういうのは自由だし……君は可愛いと思うよ、俺は」  自称アルファの割には体も華奢だし、整った顔立ちはオメガにも負けないだろう。金丸とは違うタイプのアルファだ。 「ホント? ねえ、お兄さん名前は? 僕は、祐真(ゆま)。二十歳の大学生だよ」 「……安藤」 「……偽名じゃない?」 「さっきまで俺とこいつの会話聞いてたんだろ? だったら俺がそう呼ばれてたのも聞いてるはずだ」  偽名なんか使っても意味はない、と安藤が言うと、祐真はそれに一瞬驚いた顔をしてから笑顔を見せた。 「かっこいいな、安藤さん」  祐真がそう言って安藤に手を伸ばした、その時だった。安藤くん、と声が掛かり振り返る。そこにはざっくりとした編み目のカーディガンに綿のパンツを着た池上が立っていた。
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