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「なんですか。ご静聴お願いしますと言いましたよね? 早漏ですか?」
先程まで熱っぽく語っていたのとは同一人物だったのかと疑うような、氷河のように冷たい罵りにぶるりと体が震える。
「…って、ついツッコんじまったが。そんなにアプローチしてたのか?」
その質問を受けると、宵待はため息混じりに目を細める。
「…本当に気がついてなかったんですね。ショックのあまり寝込みますよ」
割と本気で落ち込んでいる様子に、思わず頭を下げてしまう。
「ホント、先輩にぶ過ぎですよ? 生徒会で事あるごとに先輩へお手伝いを頼んだり、不足してないけど勉強を見てもらおうとお願いしたり…」
「…帰宅部だから便利に使われてるのかと思ってた」
「そうそう、文化祭実行委員。先輩と同じクラスの役員さんに頼んで推薦までさせたんですから。お陰で生徒会には私の先輩ラヴが周知の事実と化しましたよ」
「…マジか。そんなところまで」
「マジかはこっちの台詞です。私の歳のズレ、学校じゃ先輩以外には話してないんですよ? 秘密を人に打ち明けるって、どういう意味だかわかります?」
…確かに、言いにくい秘密を話す相手というのは、言い換えればそれに見合う信頼がなければ成立しない。考えればわかることだ。
「ええ。私の計算では早くとも一年前には既に外堀を埋め終え、先輩の方から告白される見積もりでしたが、まさかここまで鈍いとは恐れ入ります」
そう言われると、つい身を縮こませて「すみません」と謝ってしまう。
「ああ、それと! 直近のバレンタインデーもヒドイです。チョコレートあげたのに、まさかのノーリアクションでホワイトデーもスルーはどうかと思いますよ!」
「え、待て。そんなの記憶にない。2月14日にチョコレートはおろか、女子からまともに会話をした覚えもないぞ」
今年はバレンタインデーが休日だったから、義理で配布されるチョコレートすらなかった。だから直接会わずに受け取るのは不可能のはずだ。
「え、休日だったから押し掛けるのも悪いかと思って、お取り寄せした高級チョコレートをメッセージカード付きで郵送したはずですが」
…そういえば、なんか届いてたな。母さんがやけにニヤついた顔で、赤飯炊くから急いで小豆買ってくるよう言われたっけ。
「まさか、気が付かなかったと? お歳暮か何かと勘違いしてたと?」
「………ごめんなさい」
「…どおりでホワイトデーのお返しが来ないなー、と思いました。クソです、世のため人のためを思うなら死んだほうがマシです」
なんだろう。自分が意識していなかっただけで、実はとんでもない極悪人だったのでは、という疑念が沸々と湧いてきた。
「…もしかして。俺、結構やらかしておられる?」
「はい。鈍感が罪に問われるとすれば、極刑は免れないでしょう」
ふと、自分の縛られた手足へと視線を落とす。今省みてみれば、まるで咎人を電気椅子に座らせているようだ。
「…まさか、こんなところに拘束したのって」
「はい。学生は卒業してしまえばまず母校に関わることは稀。鈍感極まった先輩なら、私のことを半年もしない内に思い出に変換するでしょう。ですから…」
そんなことはない、と言いたかったが。これまでの罪状を挙げられるとぐうの音も出ない。
「実のところ、自分から告げるのは禁じ手でした。先輩が私のことを心から好いてくれなければ意味がないと思っていましたが…、本当に、ねぇ…」
深々と吐く二度目のため息に、自分の良心みたいなのがひりひりと痛む。
「ええ、ええ。ここまで純粋な好意を袖にされてしまえば、強硬手段もやむ無しですよ」
ギラリ、と煌く紅の瞳に心臓が跳ねる。怒る暴走特急。彼女はまさにそれだ。
「だからこうして、直接的な方法を取りました。こうでもしないと、わかってくれないでしょうから」
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