十二

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「だって、氷室先生って、女性の趣味がよく分からないんですよ。だからこそ、実物の磯貝さんを見せて安心させてあげるべきです。それでも、磯貝さんの良さが分からないようなら、その時は、親子の縁を切ってやればいいんです」 つい、熱くなってしまった。  気恥ずかしさを覚えながらも、やはり、相手に伝えずにはいられない。 「人と人は擦れ違うものです。理解するのは難しいからこそ、何度も何度も、氷室先生は、自分が愛した女性の素晴らしさを親御さんに話すべきなんです。言わなきゃ、どんな美しい愛も真実も伝わりません!」  その言葉にハッとしたように氷室が目を潤ませている。 「確かに、そうだよね……。うん、僕、帰国したら、磯貝さんと一緒に親に会いに行くよ。理解してもらうまで何度でも親に伝えるよ」  氷室はそう言うと磯貝と共に立ち去っていった。これから、二人はビーチで星空を見上げるという。智美は、ライトアップされたプールの水面を見つめたまま、ぼんやりしていた。  入院するほどでもないが、負傷して満身創痍になっている江口は部屋で療養している。本当は、今すぐにでも会いたいけれども、その傍らには母親の東城が寄り添っている。  時刻は、深夜十時になろうとしている。いつもの智美ならばグッスリと寝ている。でも、今夜の智美は眠れそうになかった。色々な事件が立て続けに起こったせいで頭が混乱している。  東城が江口の実の母親だなんて予想もしていなかった。 (そう言われてみれば、あの二人の横顔はソックリだ……)  どうしよう。自分は、実の母親である東城に嫉妬していたらしい。思い返すといたたまれなくなる。船でキスされた後、あんなふうに江口を責めてしまった事が悔やまれる。  好きな人を想うと色々と嫉妬深くなる。恋という感情が、こんなにも苦しくて心をかき乱すものだとは知らなかった。眠れなくなるほどに好きなのだ。あなたに会いたい。そう想うと胸が張り裂けそうになる。 (やっぱり、好きと言おう。自分から言おう。そうでないと、一生、後悔するような気がするもの)  決意を胸に、スッと立ち上がろうとした時だった。背後から、トンッと肩を叩かれたのだ。東城が沈んだ顔で言った。 「あなたのせいよ。あなたのせいで、あたしの息子が死んだわ」 「えっ? そんなまさか……。嘘ですよね」  しかし、東城は苦しそうに目元を翳らせたまま、ずっと黙り込んでいる。彼女の口許が苦しげに細かく震えている。冗談を言っているようには見えなかった。  智美は、大きく目を開けたまま、ポロポロと大粒の涙をこぼしたまま、すがりつくように問い返していく。 「嘘だと言って下さい。でないと、あたし、生きていられません」      東城は、鼻水混じりに嗚咽する智美の背中を擦りながら、そっと耳元に言葉を吹き込んだ。
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