十二

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十二

 殺人犯のジェフを警察が確保した数時間後。  夕焼けの色に輝く海を眺めながら、庵原は氷室ガールズ達と市内のバーで飲んでいた。しかし、俊敏に駆け付けた警官が庵原の身柄を確保している。 『これは何かの間違いですよ。何も知りません』  庵原はしらばっくれていたが、ジエフが白状したならば言い逃れは出来ない。診察の結果、智美は打撲程度で済んだが江口は肋骨にヒビが入ったようである。 「いやいや、聞いたよ。内山さん達、本当に大変だったみたいだね」  ホテルのプールサイドには結婚式を挙げたばかりで御機嫌の氷室がやって来た。その脇には恥しそうに寄り添っている磯貝がいる。磯貝の太い薬指には、可愛らしいデザインの結婚指輪が嵌められており、それは、キラキラと誇らしげに輝いている。  智美の顔を覗き込みながら、氷室が興奮気味に語っている。 「いやー、ビックリだね。荒木さんを殺した犯人は庵原だったとはね。マジで怖いよね。僕、前々から、あの人は怖い人だと思ってたけどさ」 「でも、あたしには、わりと親切でしたよ」  磯貝は抑揚の無い物静かな声で言う。 「橋爪さんや佐藤さんは、あたしのことを馬鹿にしていたけど、庵原さん、そういう態度は見せなかった。だから、殺人者と知って驚きました。内山さんを殺そうとしたなんてひどい。そんなことしたら、太一が、どんなに悲しむか分からない……」  太一とは智美の兄のことだ。 「今回の旅行は事件の連続だよね。なーんて、僕もお騒がせした側の人間だけど」  氷室と磯貝はどこにいたかと言うと、智美達が観光した無人島の水上コテージに一泊していたという。二人っきりの甘い夜を過ごしたらしい。  笛木にだけは行き先を話していたのである。 「僕、親達には見合いをすると嘘をついて、この島に来たんだ。ここで、こっそり結婚式を挙げた事で、やっと、みんなに僕達の関係を言う勇気が出たよ」 「そうだね。やっと太一達にも本当の事が言えるわ」  磯貝は、ホッとしたように笑っている。 「いつまでも独身で彼氏もいないあたしを心配して、太一が出会いの場を作ろうとしてきたの。氷室君と付き合っているって言えなくて心苦しかったんだ」  よくよく聞いてみると、氷室が磯貝を好きになるのは、ある意味、必然である。  ヤンキーにトイレに閉じ込められた時、助けに入ったのが兄と磯貝だった。 「磯貝さん、僕を助けた時に左手の薬指を折ったんだ。それで、指が変な形に変形しちゃったんだよ。そのせいで、柔道の試合にも支障が生じたのに、僕を責めたりしないんだ」 「当たり前だよ。氷室君のせいじゃないもの」  地味だが、磯貝は肌も肌理細やかだ。聖母のような面差しの磯貝のことを心の底から崇めるようにして呟いている。
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