十二

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「嘘じゃないわ。あたしの膝枕で眠っていた可愛いマコちゃんは死んだのよ」 「す、すみません。あたしが、あんな奴に拉致されたせいで……」  智美は大粒の涙をこぼしながら、顔をクシャクシャにして嗚咽する。すると、頭の上でプスッという妙な声が聞こえた。  何だろう。何か東城の口元がヒクヒクと痙攣している。すると、いきなり、東城が吹き出した。 「やーだ。ママにべったりの坊やは死んだって事よ。イケメン医師の江口は生きてるわよ」 「ま、紛らわしいことは言わないで下さいよ!」  つい、声を荒げてしまった。すると、どこか遠い世界に想いを馳せるような目で語り出した。 「あの子、雛鳥みたいに、あたしにくっついていたのよ。あたしが作ったカレーも美味しいって言ってくれたの。でもね、最近は、あたしが作ると不機嫌になるのよ」  いつもは、高い位置から微笑んでいるようなミステリアスな雰囲気なのに、目の前にいる東城は不器用な世間知らずの女の子みたいだ。 「夫は、あたしとお姑のお味噌汁、どっちが美味しいのって聞いたら、お姑さんって言うのよ。それに、あたしに仕事をセーブするように言ったの。あたしから学歴や職業を取り除いたら何が残るのよ。羽根を折られた白鳥になっちゃう」  それで離婚を決意したのだという。 「マコが二十歳になる頃、たまたまアメリカで再会したの。それからは、ビデオ通話で離すようになった。あの子に会いたく一時帰国したの」  東城は、ツラツラと自分語りをしてからスッと本題に入った。 「家族って難しいわよね……。一緒に暮らしていても相手の心の中は見えないものなのね。別れた夫の事を憎んだこともあるわ。なんで、あたしの事を愛してくれないんだろうって思っていた。でも、どんなに不味くても、あたしの作ったカレーを捨てたりしなかった。あれは立派な愛だったわ。夫は口下手で、絶対に愛してるとか言ってくれないの。だから、彼の愛に気付けなかったのね」  言いながら、泣き笑いの顔になっている。 「不思議ね。いつのまにか息子は、若い頃の夫にソックリになっているの。あたし、夫を愛していた頃の気分を追体験したくて息子の職場に居座って、しかも、旅行にまでついて来ちゃったわ。ねぇ、こういうのってキモイでしょう?」  そうか。江口の同居相手は母親だったのかと安堵していると東城が智美に微笑んだ。 「あなた、いつも、真面目で一生懸命ね。あの子が、どんなにあなたの事が好きなのか分かったわ。あたしの息子をよろしくね」  長い間、ずっと離れて暮らしていた息子と同じ時間を過ごしたい気持ちはよく分かる。 「さてと……。それじゃ、今夜は、南の島での夜を存分に楽しんでね」  そして、とんでもない事を言い出した。 「うちの息子の寝込みを襲ってもいいわよ。特別に許可してあげる」 「えっ、いいえ。そんな事はしませんから……」
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