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 智美の隣でマスカラを塗り直している視能訓練士の栄子が気の毒そうに言う。 「橘先生。脳腫瘍が悪化して医師も辞めたでしょう。復帰も無理だし、絶望して自ら命を絶ったかもしれないよ。家族の人達も、すごく悩んでいたらしいもの」  療養する為に一年半前にこの病院を辞めて手術をしたが麻痺が残っていたことは、風の噂で聞いている。栄子は個人的に橘の家族と話す機会もあり、詳しい事まで知っていた。 「橘先生、奥様も乳癌で闘病中だし、大学院生の娘さんが休学して両親の面倒を見ていたの。橘先生、呂律がまわりにくくなって利き手も少し不自由になったもんね。家族も大変だわ」  智美は顔を曇らせながら考え込む。もしかしたら、リハビリが上手く行かなくて絶望したのだろうか。 「橘先生、自殺だと生命保険、もらえるのかな。家族としては事故であって欲しいわよね」  その淡々と突き放したような言い方に智美は少し哀しくなる。  栄子は、自分で淹れた濃い緑茶をゆっくりと飲みながら、お昼のドラマを見ている。栄子は智美よ一つ年上の二十九歳。高校までは京都にいたというだけあって、たまに、いけずになるのだが、いけずというよりも現実的なのかもしれない。    テキパキと働いており優秀な女のオーラが出ている。そんな栄子も、最近、早く結婚したいと焦っているのか、婚活パーティーやコンパの場に出ることが多くなっている。  智美は、まだ結婚したいとは思わない。だから、コンパに誘われても断るようにしている。 「ねぇ、栄子、あたし売店に行くけど何か欲しいものある?」 「最近、胸やけするから何もいらないわ」  休憩室にはコーヒーメーカーもあるが、智美はカフェインが苦手ということもあり、売店へと向かった。今日は、暑かったので自分の水筒に入れている冷たい麦茶を飲んでしまっている。
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