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私立宝島病院の新棟の三階に智美の休憩室がある。  内山智美は言語聴覚士として二年半前から働いている。言語聴覚士は、失語症や記憶障害や吃音などによって言語のコミュニケーションが取りにい人をサポートするのだが、こういう仕事があることは、あまり世間には知られていない。  患者さんから先生と呼ばれると面映い気持ちになるが、普段、私服の上に白衣を羽織っており、聴診器を持って患者さんが飲み込む音のチェックをしたりしているので、傍目には先生のように見えるのだろう。  休憩室には、リハビリに関わっている作業療法士や視能訓練の他に、臨床検査技師などのメンバーがいる。病院の関係者のお昼休憩は一時間と決められているけれど、その開始時刻は、その日の混み具合によって異なっている。とはいうものの、検査技師は十二時になると仕事を区切れているようである。  今日の智美は、一時過ぎまで働いていた。もうすぐ二時という事もあり、ここにいるのは、遅くに外来診療を終えた二人だけだった。  昼食後、智美が休憩室で新聞を広げていると、思いがけない衝撃的な文字が飛び込んできた。智美は、まさかという気持ちで目を瞠る。 『橘達雄(五十一歳)が自殺と事故の両方を視野に入れて捜査』  じっくりと読んでみたところ、おとといの午後十一時に、踏み切りのある線路の内で電車に轢かれて即死したというのだから胸が痛む。 智美は、そう親しくしていた訳ではなかったが、それでも、昨年まで心療内科に勤務していた橘のことをよく覚えている。  クリスマスにはサンタの格好をして小児科を訪れ、七夕の季節には、わざわざ、田舎まで赴き、竹を切って病院に持って来るような人だった。物腰の柔らかな知的な男性で患者からも信頼されていたのだ。 「栄子、橘先生、亡くなったって書いてあるよ」 「知ってるわ」
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